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「涙って落とし物なのかしら」
「どういうこと?」
宵闇が夜を塗り重ねていく中。
隣に座る彼女がふとそう口にした。
「落とし物って誰かのもとからはぐれてしまったものじゃない。だったら、流れた瞬間からやがて消えてゆく涙も落し物だと言えるのじゃないかと思って」
そう説明しながら彼女は、向こうから撫でてくる風にいたずらされた髪を指で耳に掛け直した。
今日の夕方。つまり先程。彼女が自分の家に遊びに来ていた時。
会話の凪が訪れていた時に、彼女がふと久しぶりに海を見に行こうよと誘った。
此処は俺と彼女が住む町にある、白く細かい砂粒が特徴の、綺麗で小さな砂浜だ。
小さい頃から仲が良かったから二人で度々この砂浜にも訪れていたけれども、そういえばもう随分ご無沙汰だっけ。
俺たちは家を出ると、何をすると決めたわけでもなく散歩のような雰囲気で砂浜に赴き、いくらか波打ち際から離れたところで彼女が静かに砂浜に腰を下ろしたのに倣って俺も隣に座った。
空には夕焼けの暁が広がり、俺たち二人に瞬く間に染み込んできて、だからしばらく一つの言葉も交わさなかった。
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