雪の下

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「え?」  何事だろう。他にも客が怪訝そうにそちらを見ている内に、何人かが向こうから血相を変えて走って来た。 「トイレの個室から煙が……」 「爆弾かも」 「えっ」  トイレ、爆弾と聞こえて、涼子の顔から血の気が引いた。詩帆は無事なのだろうか。もし異変が起きたのが詩帆の個室だったら。どうしよう。もし詩帆さんが爆発に巻き込まれていたら。彼女は大丈夫なのだろうか。命だけでも……ううん、奇跡的に無傷でいて欲しい。詩帆が傷つくなんて耐えられない。  神様、お願いします。どうか詩帆さんを助けてください。もう「すずこちゃん」って呼ばれた時に「『すずこ』、じゃなくて『すず』って呼んでください」なんて言いませんから……。 「すずこちゃん大丈夫? 怖いわねぇ。爆弾だなんて」  お祈りしていると、聞き慣れたのんびりとした声が聞こえた。ぱっとそちらを振り返ると、当の詩帆が困ったような顔をして立っている。 「よしよし。そんな怯えなくても大丈夫みたいよ」 「し、詩帆さん! 無事だったんですか!!」 「無事よぉ。どうしたの?」 「し、詩帆さんが戻って来ないから巻き込まれたのかと」 「あ、ごめんね。さっきのぬいぐるみ可愛いから、また見たくなってちょっと寄ってたの」  ずっこけそうになった。 「あ、でもね。わたし、犯人を見たかも」 「えっ!」 「ピンク色のダウンジャケットを着た女の人が、爆発が起きる前、トイレの方向からすごい勢いで走ってきたから。わたし、突き飛ばされそうになったから覚えてるの」 「す、すごいじゃないですか! 警察の人が来たらお話ししないと……!」 「そうね。記憶が新しい内に聞いてくれないと、忘れちゃうわ」  その後、客と施設からの通報で警察が駆けつけた。学校に電話して事情を説明する。電話に出たのは二人を良く知る先生だったので、 「あなたたちは大丈夫だと思いますけど、本校に恥じない行動を心がけてください。警察の方にも、他の方にも丁寧にね」 「わかりました」  詩帆はこっくりと頷いた。  犯人らしき人を見たかもしれない、と伝えると、やって来た警察官は「ちょっと待っててね」と言って奥へ引っ込んだ。大人しく待っていると、何やら騒がしい。興味を惹かれたらしい詩帆が立ち上がってそちらへすたすたと歩いて行く。 「だ、駄目ですよ詩帆さん! 警察の人に待ってなさいって」 「ちょっとだけ、ちょっとだけよ」 「本校に恥じない行動をって先生に言われたでしょ!」 「好奇心があることは恥ずかしいことじゃないもん」 「もん、じゃないです!」  しかし、詩帆は止まらない。やがて、警察官と押し問答している女性が見えた。早く帰らせろと言っている女性と、まだ検証が済んでいないからと言っている警察官の会話が聞こえる。 「検証って言ったって、どうせ外国人テロリストでしょ? 日本人の私たちには関係ないじゃないですか」 「爆発物見ただけじゃそんなことわかんないんですよ。憂さ晴らしの日本人である可能性だってある」  警察官も引かない。 「テロなんでしょうか?」  テロリスト、というワードに不安を覚えた涼子は詩帆の袖を掴む。 「テロならもっと派手そう」 「確かに……ところで、暑くないんですかね、あの人」  涼子はこっそりと詩帆に話しかけた。  その女性は、白いダウンジャケットを着て、首元にきっちりとマフラーを巻いていた。顔が真っ赤だ。警察官に対してヒートアップしているのもあるだろうが、一番は暑さだろう。涼子も詩帆もコートに当たる物は脱いでいる。  詩帆はじーっとその人の顔を見ていたが、やがて、意を決したようにてくてくと問答している所に近づいた。 「し、詩帆さん」 「ねえ、あなた」  詩帆は女性を見上げる。 「わたしのこと突き飛ばしたわよね?」  復讐系ホラーかよ。涼子は何から指摘したら良いのかわからなくなって、詩帆の後ろに貼り付いた。
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