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男は、初めて啓太に興味を持ったようであった。
ぐったりと座り込む青年を冷たく見下ろすや、短い髪を鷲掴みして上向かせる。
「教えてやろう。君が先程見ていた兎の半数は、幻影だ。」
「…幻影?」
朦朧と答える啓太。
痛みに歪んだ視界に映る男の顔は、黒いマスクと帽子に隠されて良くは見えない。だが、その瞳の特異性だけは解った。
白い睫毛に縁どられたそれは、血の様に紅く熟れていた。こんな異形を、何処かで見た事がある。
(…雪に似ている…)
激痛に耐えながら、啓太は思った。
男は、赤い瞳に嗜虐の色を滲ませて言う。
「この一帯には、視覚を迷わせる呪が敷かれている。反魂術とは、私の様に、選ばれた特別な人間だけが行えるものだが…今回は条件が悪くてね。多くの兎は、原型が解らない程に体が崩れていて、使い物にならなかった。そこで、辛うじて形を保っているものだけを、蘇生させたのさ。数が足りない分は、幻覚術を使って、さも生きている兎がいる様に見せ掛けてある。ホログラムの様なものと言えば、解るかね? 」
「………」
「この場所は、やがて人々の記憶の中から忘れ去られる。そういう『魔法』が効いているのでね。無論、君の記憶の中からも消えてゆくだろう──彼の印象と共に。」
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