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「どういう…意味だ?」
訝る啓太に、男が答える。
「甲本紗雪は私が引き取る。君に、彼の養育は無理だ。あの資質は、凡人の手に余る。故に、私の手元において、特別な教育を受けてもらう。彼が、ここで暮らした記憶は、全て消してゆくよ。犯した数々の殺害の証拠も──全てだ。」
刹那、啓太の意識が大きく揺らいだ。
激しい眩暈に襲われて、思わず口を覆う。
男は何やら、意味の解らない呪文を唱えていた。その声に縛られて、啓太の身体はビクリビクリと痙攣する。意識と共に記憶も薄れて…深い眠りに誘われた。
(眠っちゃ駄目だ…寝るな、寝るな──!)
そう己を鼓舞したが──
ややあって、啓太の身体が大きく傾いで地面に倒れた。冷たい雪の褥に体を預けて…青年の意識が奈落に落ちてゆく。
「ふむ。漸く術が効いたか…。」
そう呟くと、男は靴先で啓太の腹を軽く突いた。
されるがままに脱力する青年の様子に満足するや、冷酷に踵を返してそこを立ち去る。
後には、兎小屋の前で横たわる、啓太だけが残された。ふわりふわりと舞い始めた春の雪が、その背に静かに降り積もる。
そうして彼が目覚めるまでの間に、雪白は忽然と姿を消したのであった…
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