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01-04 トゥバ部の王
「劉裕ンとこの! 生きてたんか!」
一言で言や、訳わかんねェ。そんな中で聞こえてきた呼びかけは、たとえそいつがどんなにいけ好かねェ奴だとしても、それなりにゃほっとさせられるもんだった。
「おゥ長民、お互い悪運強えェな!」
「分かんねぇぞ、後か先かの違いかもだ!」
怪我してねェとこを探す方が難しい、昨晩まで騒いでた奴らがどこで何してんのかもわかんねェ。ちィと気を許しゃ、あっちゅう間にタマァ刈り取られる。どこもかしこもひでェありさまで、今まで潜ってきた戦場がどんだけままごとだったのか、あん時ゃつくづくと感じたモンだった。
己の方に向かってきた歩兵どもを、檀道済の鞭みてェな剣が軒並みなぎ倒す。安心のあまりへたり込みかけたところに、長民から水筒が差し出された。
「済まねェ」
「んな事より、劉裕はどこだ? この状況建て直すにゃアイツが必要だろ」
「や、己もはぐれちまってよ」
「ンだァ!? 助け損じゃねぇか!」
そいつァあくまで冗談めかした物言いじゃあった。こん時、正直身も心も糸が切れかけてた己にゃ、この上ねェ潤いだった。
「ま、二人っきりよかはマシか。やれねえとは言わせねえからな?」
「うっせェ、半死人に期待すんな」
己と長民が前に立ち、道済には後ろを固めてもらう。向こうに回しゃこの上なくおっかねェ道済だが、護ってもらえるとなりゃ、これほど心強えェ存在もねェ。そんで長民も、でけェ口叩くだけのことはあった。脇も尻も心配しないでいいってな、ほんにありがてェモンだった。敵どもを右に左にと切り払っていく。
騎馬どもはいなし、歩兵どもは潰してく。
「おい、あいつらの剣、上物だぜ。劉裕の、そのボロよか、あっちのがマシじゃねぇか?」
「そうみてェだな、っつうか略しすぎだろお前ェ。己ァ丁旿ってんだ、覚えとけ」
「分かったよ、死ななかったらな」
辺りを切り開く内、やがて道済が盛り上がってる所を見っけた。どうなってるかはわかんねェ、ただ、ここよっかマシだろ、ってなモンで、そこに向かうことにした。
結局ンとこ、そこでうまく寄奴に再会できはした。そいつは良かったんだが、オマケがいけねェ。とんでもなくいけねぇモンがついていやがった。
そうさな、アレを何て言えばいいんだか。馬に乗ったオオカミ、ってとこか。そいつが鮮卑トゥバ部の王、トゥバ・ギを初めて見たときの印象だった。
あの寄奴が為すすべもなく打ち込まれてる、もうそんだけで事態を理解すんには十分だった。少し離れたところで穆之が腕を押さえながらへたり込んでる。己らは一目散に穆之の方に向かった。
「おい穆之、あいつァ何だッてんだ、一体?」
「こっちが聞きたいよ、いきなりやって来たと思ったら、あっちゅう間に皆吹っ飛ばされちまったんだ」
吹っ飛ばされた、たァ尋常じゃねェ。けど、辺りを見れば信じるしかなかった。
ボロ雑巾。講談じゃよく聞いた死体の言い回しだが、ありゃ本当に起こるモンなんだな。甲冑なんざまるで用を為しちゃねェ。肉が鉄板ごとごっそりとえぐられて、ばらまかれてる。どれが誰の肉なのかもろくすっぽ分からねぇ。
それもそのはず、トゥバ・ギの持つ得物はぶっとい丸太みてェな槌だった。あんなんが駆けずり回る馬の勢いに乗ろうもんなら、そりゃ城壁だって粉みじんだろうぜ。
けど、にしたって信じらんねぇのは寄奴だ。そんな化けモン相手に、防戦一方たァ言え、それでも引くことなく馬の上で……
「って馬ァ!?」
いや、分かってたんだ。そんな間抜けな声上げてる場合じゃねェって事は。けど無理だった。何せアイツ、それまで馬になんざ、乗るどころか触ったこともなかったんだからな。
「おっ、おい寄奴、お前ェいつの間に……」
「ッせぇ! 出来なきゃ潰されんだ、やるっきゃねえだろうが!」
いやそう言う問題じゃねェから、ツッコミかけたが、そこにトゥバ・ギのひときわ強烈な一撃が襲いかかった。
信じらんねぇモンの目白押しだ、あの寄奴が、木っ端みてェに吹っ飛んだ。
とは言っても、何とか防いじゃいたんだ。今なら分かるが、鐙に慣れてねェところを突かれちまったんだな。打ち下ろしじゃなく、すくい上げの一撃。踏ン張ることも、流すことも許されねェ。
アイツが飛んできた先は、ちょうど己らが固まってた辺りだった。たぶんトゥバ・ギの事だから、狙ってやったんだろう。己らァ三人がかりで寄奴を受け止めた。何せ辺りは死体やら武器やら鎧の破片やらだ。そのまま落ちたらどんな大怪我負うかも分かんねェ。
ただ、ひと一人が吹っ飛ぶのを受け止め切るとか、そう簡単にゃあ出来たもんじゃねェ。実際コイツで長民は腕とあばらをやった。道済も肩が外れたって言う。もっとも、その甲斐あって寄奴は頭の打ち身と、軽い打撲くらいで済んだんだが。
「――吧吧吧吧吧吧!」
散々な己らを見下ろしながら、トゥバ・ギが高らかに笑う。
やおら槌を振り上げて、振り回す。すると奴の部隊があっちゅう間に己らを囲んだ。隙間なく内を、外を固めた、言ってみりゃ人の牢獄だ。
「崔宏!」
「は、愚臣めはここに」
トゥバ・ギの呼びかけに答え、人垣からしみ出してきたのは、およそ戦場働きにゃ似つかわしくねェ、軽やかな出で立ちの優男。
そいつを見た瞬間のことはよく覚えてる。
いきなりだ。いきなり全身が逆毛だった。
何が気持ち悪りィって、そいつが全然薄汚れてなかったことだ。血、汗、臓物、小便、糞便。ありとあらゆる汚物がぶちまけられてた 、あの戦場で。
ろくすっぽ身動きも取れねェでいる寄奴に向け、トゥバ・ギはその大槌を突き付けてきた。
「@@~○☆◇! &*#@○☆!」
「勇猛なる漢族よ、まずは貴様の武を讃えよう」
「――へ?」
まさかあの是非もねぇ場所で、敵さんからおしゃべりの誘いを受けようたァ夢にも思わなかった。揃いも揃って、しばし呆気にとられちまう。そんな様子を見かねてか、優男がトゥバ・ギに軽い一瞥をくれた。
そんで改めて己ら、正確には寄奴のほうに向きなおる。
「こちらにおわすは、トゥバ部大人トゥバ・ギ。通詞は不肖、崔宏が仕る」
崔宏、そう名乗った男の気持ち悪さは、見てくれだけじゃなかった。余りにもお綺麗なんだ、己らの言葉が! 京口で見掛けた貴族さまどもだって、あそこまで綺麗にしゃべれる奴ァいたもんじゃねェ。
「まずは問おう、猛者よ。汝の名は?」
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