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怪獣のブックエンド2
興味を引かれて手を伸ばす。見たところ何の変哲もない木製のブックエンドだ。ベニヤ板に釘を打って絵の具を塗ってある。おそらくは子供が手作りした物だ。そう直感したのは、黄色い絵の具を背景に、下手くそな怪獣の絵が描かれていたからだ。
「ははっ、すっげえ」
自然と口笛を吹く。ガキが手がけたにしちゃ力作だ。出来栄えはどうあれ、愛情をこめて丁寧に拵えたのが伝わってくる。
ベニヤ板に打ち付けた釘が曲がっていたり、合わせ目がややずれているのはご愛敬か。
ゴミ捨て場にあるんだからゴミに違いない。それなのに何故か俺は、そのブックエンドが誰かの大切な落とし物のような気がしてならなかった。
明るい絵の具で彩色された手中のブックエンドを持て余す。
ゴミ捨て場に突っ返すのは忍びない、とはいえ持ち帰っても仕方ない。
どうしたものか悩んでいると、今にも消え入りそうな声が響く。
「それ、僕の」
顔を上げて驚く。早朝の住宅街にゃ場違いなガキがいた。
年の頃はせいぜい小学校3・4年か、伸びた前髪の奥から内気そうな上目遣いでこっちを窺っている。見るからにいじめられっ子タイプの男の子だ。
しかもパジャマ姿で、素足にサンダルをひっかけている。
「寝ぼけてんの?夢遊病か」
軽い調子でからかうも無視される。可愛げがねえ。
男の子は俺の顔も見ず、俺が手に持ったブックエンドを食い入るように凝視している。
「お前が捨てたの?」
「捨てたんじゃない、落としたんだ」
戯れに聞いたところ即座に否定される。生意気。反抗的な態度に意地悪したい気持ちを抑えきれず、ガキの手の届かない高さにブックエンドを掲げる。
「これお前が作ったの」
「…………」
「だんまり戦法か。いいのかよそんな態度とって、壊す壊さないは俺次第だってのに」
盛大にニヤケて脅せば、ガキは観念して顔を上げる。俺を睨み付ける目には鬱屈した怒りが燃えていた。
「そうだよ、僕が作ったんだ。返して」
「なんでゴミ捨て場にあったんだよ、ゴミと間違えて持ってかれるぞ」
「ゴミじゃない。大事な物だ」
「お前が捨てたんだろ」
激しい勢いで首を横に振る。唇をキツく噛み、目尻には涙が滲む。
「捨てられたんだ」
その返答を聞くや、ブックエンドを粗末に扱っていた手が宙で止まる。
零れ落ちそうな涙をギリギリ押しとどめ、身体の脇で拳を握り込み、男の子が言葉を吐きだす。
「僕が作ったんだ。返せ」
「最初から話せよ、誰に捨てられたんだ」
「馬鹿にするから話したくない」
「そりゃ正真正銘さっき初めて会った赤の他人だが、今はコイツの所有者だ。仮にだ、これがゴミじゃなくてお前の落とし物だとしてもゴミ捨て場にあったんならその時点でショユーケンは放棄されたも同然よ。わかるかショユーケン、漢字書ける?ゴミに出されたんだからどなたでも自由にお持ち帰りくださいって事。よく見りゃ怪獣もなかなかイケてるし配色センスあんじゃん、賑やかしに部屋に飾って……」
「ホント?」
男の子の顔が突然輝く。
「え」
意外な反応にたじろぐ。
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