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chap.1 鋼鉄の竜人
巨大空中都市『至高天』の回りを衛星のごとく周回する小型空中都市群の一つ。
拾壱番都市『福生天』
その円形都市の最端、捨てられた機械が行き着く終点『機械の墓場』
誰からも忘れられた場所。
誰も近づかない異端の土地。
誰もが忌避する危険な領域。
しかし、どんな場所にも例外は存在する。
なぜなら俺という例外がここにいる。
鑛という名の男がここにいる。
ここが俺の住み処であり、今にも崩れそうな廃車の山が揺篭。
本来は居住禁止区域だが、この地に骨を埋めることを決めている。
そんな俺を街の奴らは奇骨なブリキ野郎と蔑み忌避する。
まあ、ブリキ野郎と呼ばれているが別に機械が好きでここにいるわけじゃない。それは俺の連れの趣味。語源は俺たちの屋号にある。
俺がこんなガラクタ置き場に住み着いている理由は他にある。
一つはここが工場から離れているということ。
工場はこの都市の心臓部であり、行政機関。全てのインフラを管理し、生活物資の供給を行っている。
俺は工場が苦手だ。奴らの出す煙を見ているだけでも嫌悪感が湧いてくる。
とは言うものの工場についてはあまり詳しくは知らない。毎日毎日飽きもせず煙を出している謎の建築物というのが街の奴らの認識だ。内部も工場を管理している騎士団以外は入ることができない。
工場の指揮下にある騎士団も同様に避けている。外敵から街を守る治安組織だが、奴らの法規に反旗を翻してここに住み着いているのだから。あまり顔を合わせたくはない連中だ。常に機械甲冑で身を包み顔も見せないような集団だ。何を考えているのかもわからない。
工場はどの空中都市にも必ず中心にあるので、当然端部に位置するここは最も離れた場所にあたるのでちょうどいい。
もう一つの理由は、空を見上げることが好きだということ。遮るものが何もないこの場所は空を眺めるのに絶好のスポット。
工場が煙を上げ始める前のこの時間。一面広がる青い空。朝の陽射しが優しく包み込む。手を伸ばせば届いてしまいそうなほど近いのに、俺たちの体は未だに重力に縛られている。
この空を飛べたらどれだけ気持ち良いのだろう。この空を独り占められたらどれだけ優越感に浸れるのだろう。
叶わないと知りながら、そう思って目を閉じる。
仕事を始めるのにはまだ早い。廃棄されたガラクタの上で今日も俺はうたた寝る。
夢を見る。何度も見る同じ夢。
闇の中に俺はいる。静かで暖かい闇。俺はそこに浮かんでいる。綺麗な蒼はそこにない。
代わりに光輝くものがあった。
竜、それも巨大な竜だ。実在の竜の記録を悠に越えるサイズだ。
体は鈍色に輝いている。まるで鋼鉄でできた像のよう。
鉄材を何重にも張り合わせたような堅牢な鱗。解体機のような頑丈な顎。
この生き物には戦車や砲弾も通じない。
言葉も理念も通じない。
人間では太刀打ちすることはできない。そんな恐ろしさが与えられる。
だがその反面、瞳はまるで菩薩のように澄んでいた。慈愛に満ちた慈悲の瞳。
「■■■……■■■……」
どこからか声が聞こえる。今、ここには俺と竜の二人だけ。
つまりは竜が俺に語りかけている。そんな筈はない。太古より人間と竜が交信した記録はない。
竜が大きな口を開けて俺に迫り寄る。
俺を食おうと言うのだろうか。
やめておけ、俺なんか食らっても腹を下すだけだ。素直にミートパイでも食っておけ。竜の食生活なんて聞いたことはないが。
段々と竜の顔が大きくなる。すぐそこまで迫っているのだ。近くで見ると迫力は桁違い。牙の一本一本が俺の体の数倍はある。あんなもので貫かれた俺の体は失くなってしまう。
ここで俺は気づく。竜は動いていなかった。初めの場所から微動だにしていない。ならば俺の方が近づいているのか? 俺がこいつに食われたがっているのか?
分からない。上下も左右もない闇の中なのだから。俺の体の自由は効かない。まるで誰かに操られているかのよう。
竜の顎が俺を呑み込んだ。
竜の体内に迷い込んだ俺の意識は闇の中に溶けていく。それはとても暖かくて心地良かった。
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