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プロローグ 人竜神話
これは人がまだ鋼鉄と蒸気の文明を築き上げる前の話。世界がまだ竜に統治されていた頃のお伽噺。
竜。
それは自然の権化。大地の化身。大気の化現。
この世の絶対的最上位階。
その力は偉大という他ありません。
人々の祈りとともに、干魃を癒し、病魔を払い、飢餓を防ぐ。竜は人々に恵みを与え、生活を豊かにしました。
代償に人の命を供物として。
いつ頃からは竜たちは贄を求めるようになりました。一体の竜が産まれると、一人の人間が竜の贄に選ばれます。選ばれるのは決まって年端もいかない子供ばかり。人々はその幼き孺子を人身御供として差し出しました。その度に人々は深い悲しみに包まれました。
竜の贄に選ばれた子供がどうなったかを知る者はいません。真相は竜の臓腑の中に、ただ一つ確かなのは贄に選ばれた子供は二度と家族の前にその姿を見せることはなかったということだけ。
それでも人々は竜を恐れ敬い暮らしていました。
誰も竜には勝てない。竜に歯向かうだけ無駄に血を流すだけ。皆、初めから心が竜に屈していました。竜に従っていれば自分達は守られるのだと、言い聞かして。
時は流れ、人々の間で戦争が勃発しました。
前線で戦う男たちは勿論、故郷に残った女子供も戦火にさらされ、多くの血が流れました。
追い詰められた人々は、竜に救いを求めました。竜の力を使えば敵軍を殲滅することも造作もないはずです。
ですが竜は人の争いには関与しませんでした。
いくら人々が祈りを捧げようと、生贄を用意しようと、竜は人間たちの戦争には手を貸してくれませんでした。戦いを止めることもなく、ただひたすら経過を傍観し、恵みを与えるだけ。住み処を荒らされない限り、人間に牙を剥くこともありません。
絶望という名の凶獣に蹂躙された戦争は、数多の犠牲を払い、百年後に終結しました。
終戦後、人々の中に竜に疑義の念を抱くものが現れ始めました。
なぜ竜というものが存在しているか。自分達を守ってくれる存在ではなかったのか。なぜ我々が贄を差し出さねばならないのか。
罅裂した疑念は時間とともに増大していき、竜と人との間にできた亀裂が目に見えるほど大きくなっていました。
さらに時代は流れ、科学文明が発達し人々は竜の手を借りずとも生活できるほどの力を手にしていました。
そこで彼らは、人間だけの国を作ろうと克己しました。竜の支配が存在しない、竜に怯える心配のない、完璧で安全な世界を作ろうと考えたのです。
ですが、竜たちは人間たちが自分達の支配から逃げ出すことを許しませんでした。
人と竜、どちらが先に開戦の鐘を鳴らしたのか、二つの種族はついに激突することになりました。人間同士の戦争とは比べ物にならないほど残酷無慈悲、世界を崩壊させんとする神話のごとき大戦が幕を開けたのです。
結果は火を見るよりも明らか、火蓋を落とせば、人間たちの惨敗は見えていました。
人の産み出した兵器は、竜の前では蟷螂の斧の如し。堅牢な鱗皮に傷をつけるのが関の山。竜の吐息の前に城壁は灰塵と化していきました。
大陸が沈み、大地が割れ、世界は破滅の炎に包まれました。人類の大半が竜の怒りに焼き尽くされ、地上は地獄と化し、人の住める場所は失われていきました。
しかししかし、なんということでしょう。生き残った人間たちは知恵を振り絞って竜から逃れるために空へと上り、楽園を築き上げることに成功したのです。
人類史の戦争とは、比べ物にならないほど多大な犠牲を出したものの、結果を見れば人間たちは竜の支配から逃げ出すことに成功したのです。
戦いに勝利した竜たちは空に上った人間たちから地上に降りる権利を永遠に剥奪しました。人間たちは二度と地獄という大地を踏みしめることはない。
こうして世界は天と地に二分されたのです。
ですが、人と竜の戦争はまだ終わってはいません。
執念深き竜たちは未だに人間を狙っています。
人間たちは竜の爪牙に怯えながらも、今日も空に生きているのです。
そう、ここは空中都市。
廃材と屍を組み上げて作られた最後の楽園。
彼らに残された終わりなき終着点。
鋼鉄空中都市バビロン、それが最果ての銘。
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