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疑惑の1枚
乗務前の動揺を消そうとしたが、小野さんの事故とオレンジ色の紙が頭から離れなかった。頻繁にコーヒーを飲み、小休憩を挟んで、なんとか翌朝まで勤務を終えた。いつもなら帰宅後は軽く食事して、それから夕方まで熟睡する。けれども、今朝は不気味なほど頭が冴えていた。コーヒーの悪影響と思いたかった。
「まだ、決まった訳じゃない」
テーブルに広げた質札を凝視する。
彼が金に困っている素振りはなかった。だとすると、出来心か? 25000円ははした金ではないが、信用を売るほどの金額じゃない。
疑惑を払拭するには、現物を拝むことだ。1cmくらいの太幅の土台にゴロッとしたダイヤ。小野さんは、そう言っていた。
ダイヤ付の金の指輪などゴマンとある。そうだ、亡くなった奥さんの形見かもしれないじゃないか。
質屋の営業開始時間を待って、すぐに電話をかけた。
義理の兄が、姉の指輪を勝手に質入れしてしまった。兄とは音信不通、姉は入院中で、取り戻すのは自分しかいない――そんな架空のストーリーで、姉の代理人として受け取りたいと申し出た。
『申し訳ありませんが、お預けになられたご本人様以外には、如何なる事情がございましても、お渡しすることは致しかねます』
電話口の女性は、事務的に繰り返すだけだった。
「委任状を持っていく。それなら……」
『申し訳ありません』
「じゃあ、どうしたらいいんだ!」
思わず声を荒らげてしまった。沈黙が返る。
『お客様、お電話代わりました。先程の者がご説明させていただいた通り、当店と致しましては、信用に関わりますので、ご要望にはお応え出来かねます』
やや高圧的な物言いの男性に代わった。聞き分けのない要注意顧客と認定したからか。
俺は深呼吸して苛立ちを抑え、冷静を装った。
「それでは、指輪を取り戻す方法はないのでしょうか」
『お手元の質札に、保管期間の記載があるかと思います。期間終了日の翌朝10時には、当店の店頭で一般販売致します。お値段は多少高くなりますが、買い戻していただくしかありませんね』
つまり、質流れを待てと言うことか。
「分かりました。伺います」
ここは折れるしかない。小野さんが、何らかの指輪を質に預けたことを知る者はいない。もし勤務日なら休みを取って、開店前から並んでやろう。
『はい、お待ちしております』
電話は素っ気なく切れた。
俺は慌ててカレンダーを見る。現時点で1ヶ月経過しているから、残り約2ヶ月。期限切れの翌日は――日曜日だ。
「よしっ!」
思わずガッツポーズした。乗務明けの翌日、朝から丸々1日、休日だ。
スマホのスケジューラーに登録すると、不意に強烈な眠気が襲ってきた。緊張の糸と同時に、コーヒーの効果が切れたのかもしれない。
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