オカワリサマ3

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オカワリサマ3

数週間が経過する頃には、真理は自ら進んで座敷牢に通い詰めていた。 ひとりぽっちの真理にとって、姿が見えず声も聞こえないオカワリ様は唯一の理解者だったのだ。 「お父さんもお母さんも全然むかえにこない」 みし。 「この頃は電話もくれないし……私のこと忘れちゃったのかな」 みし、みし。 「オカワリ様はやさしいね」 みし。 「ずっとおばあちゃんちの子なんてやだよ……」 座敷牢の格子に寄りかかり、すっかり塞ぎ込んで膝を抱える。 祖母は相変わらず孫に冷たい。 箸の持ち方が間違っている、背中が曲がっていると、食事中に手の甲を打たれる事もしばしばだ。 人知れず涙を拭った真理は、自分の本来の仕事を思い出し、板の間に倒れた茶碗を回収しようとする。 「……」 格子の間に手を突っ込んだまま、束の間考え込む。 「……お箸がないと食べにくいよね」 みし。 オカワリ様の姿は見えない。 見えないけれど、床を踏み鳴らして存在を教えてくれる。はいといいえで意思疎通できるし、真理が辛い時はそっと寄り添ってくれる。 オカワリ様に恩返しがしたい気持ちと、少しばかり祖母を出し抜きたい気持ちがせめぎあい、真理は禁を破った。 台所に行って冷や飯をよそるまでは毎回同じ、今日は戸棚の抽斗を開け、使われていない箸を添えて持っていく。 「召し上がれ」 澄ましこんで正座、冷や飯を盛り付けた茶碗とお箸をままごとの延長の所作で差し入れる。 今日こそはオカワリ様が食べる瞬間を見れるかもしれない。 わくわくと見守る真理をよそに、しばらくは変化が起きず、退屈な時間が流れる。 痺れを切らしたその時― 「あっ」 真理が見ている前でお箸が虚空に浮かび、ご飯のてっぺんに真っ直ぐ突き刺さったのだ。 「すごーい」 手を叩いてはしゃぐ真理。 それからしばらく待ってはみたものの変化は起きず、諦めて退散した三日後に覗きに来ると茶碗はからっぽになっていた。 「早くなってる……」 『頭に乗らすんじゃないよ』 祖母の意地悪い脅しが甦るも、真理は激しく首を振って漠然とした不安を打ち消す。 一回禁を破れば二回目は簡単だ。 真理はさしたる抵抗も感じず祖母との約束を反故にし、神棚のご飯をレンジでチンして盛り付け、茶碗も自分のお小遣いで買った新しいのと取り換えた。 「おばあちゃんが引退してくれてよかった、オカワリ様と好きなだけおしゃべりできるもん。ねえご飯おいしい?新しいお茶碗気に入った?カワイイでしょ、桜の花びらが付いてるの。今度はおかずもってきてあげるね、白いご飯だけじゃたりないでしょ」 真理はオカワリ様の世話に喜びを見出していた。 オカワリ様は真理を必要としてくれる、頼ってくれる。 真理が何かを差し入れするたびに床を踏み鳴らし、最近では格子をひっかいて喜びを伝えてくれる。 相変わらず姿は見えないけど真理にはわかる、オカワリ様はとっても喜んでくれている、真理が差し入れした豪華な朱塗りのお箸も桜の花びら柄の綺麗なお茶碗も真っ白であったかいご飯も全部全部全部……
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