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十六夜の屋敷はとても大きく、そして奇妙だった。
使用人はいない。生活音も、鳥のさえずりさえ聞こえない。
にもかかわらず、掃除は隅々まで行き届き、庭の枯山水にも葉っぱ一つ落ちてない。
十六夜が台所に立つことはないのに、誰が作ったのか、机には豪華な料理が並べられる。
さすが、自称神様と言ったところか。
時折、十六夜は庭に立ち、月を背に笛を吹いた。
能楽に似た曲調は教養のない私でもわかるくらい、見事な腕前だ。
そしてなぜかその曲は私に、胸が張り裂けるような苦しみを与えた。
ある日、十六夜は私の手を引いて屋敷の外に出た。
初めて手を握られた気がする。
覚えていないはずなのに、妙な感動に震える自分に戸惑う。
「お前が屋敷だけでは退屈そうだった故、作ってみた」
なんのことだろう。首を傾げたが、こちらに微笑む彼の顔がとても眩しくて。
口を引き結んでついていく。
森を抜けた先で待っていたものに、私は歓声を上げた。
「わぁ・・っ!」
純白の花畑が、一面に広がっていた。
ユリの花だ。花びらの一枚一枚が朝露に光っている。
濃厚な香りがふわりと風にのって髪をすり抜けた。
「気に入ったか?」
「すごくきれい・・・」
私は涙が溢れた。
こんな幸せな気持ちは何十年ぶりだろう?
「あ、・・れ・・?わたし・・・・・」
今、二十歳のはずじゃ・・・
「百合子、おいで」
これまで見たこともない優しい顔で、十六夜は手を差し出した。
私、この人を知っている。
私は、この人を・・・
「私は、あなたを愛していた・・・」
雪解けの水が流れるように、私は全てを思い出した。
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