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目が覚めると、見覚えのない和室に寝かされていた。
「ここどこ・・・・・?」
200畳は優に超える座敷。
そこに私の布団はぽつんと敷かれていた。
宇宙飛行士が大気圏に突入したみたいな頭痛と倦怠感の体を押して、よたよたと布団から這い出し、障子を開けた。
一瞬光に目がチカリと傷んだが、穏やかな日本庭園が目に飛び込んでくる。
広い縁側に、男が座していた。
湯呑から珈琲の香りが漂ってくる。傍には、チョコレートの入った籠。
私は男を奇妙に思った。
男が纏っているのは狩衣だ。平安時代の貴族みたいな、見事な衣装。
(きれいなひと・・・)
男は、装いも美貌も全てが浮世離れしていた。
光に透ける髪は夜空のよう。
長いまつげにけぶる瞳は、私を移すと翠緑の水面の如く揺れた。
「おはよう、百合子。俺の嫁になった感想はどうだ?」
「・・・・・は??」
目が点担った私に、男は当てつけるようにため息をついた。
「やれやれ。肉体を失ったはずみで記憶が飛んだのか?
俺にあれほど嫁にしてくれとせがんでおいて、勝手な女だ」
は・・・
「はぁぁぁぁ!?」
気がついたら私は、この人のお嫁さんにされていた!
「いやいやいや!その前にあなただれ??
気がついたらここにいたわ。ここはどこなの??」
「自己紹介から始める羽目になるとは何たる不幸か。
思い出せ百合子。俺は十六夜。
人間からは白蛇様と崇められている。金運にご利益がある有り難い神だ。
どうだ?大した甲斐性だろう??」
「神様?あなたが??」
「人間が神隠しと呼ぶ神力で、お前を娶った。
こう言えばわかるか?」
「何一つわからなかった!
はっ!そうだ、私を誘拐してきたのね!??
ありもしない事実を刷り込むつもりなんだわ!」
「相変わらず飽きない反応する女だ。お前のそんなところ、好きだぞ」
「好きとか言うな誘拐犯!」
男はごそごそと懐から、一枚の紙切れを取り出した。
「よく見ろ。婚姻届だ。ここにお前の名が書いてある」
「うそっ!」
私はひったくるようにそれを見た。
『大島百合子』紛れもない私の筆跡だ。
「真似事でも書いてみたいとせがんだろう?
それも忘れたのか??」
「こんなもの書いた覚えはないわ!あんたが偽造したんじゃないの!?」
「そんな面倒なこと、この俺がするか」
十六夜と名乗る男は、私を見て意地悪く微笑んだ。
「お前が忘れていようが手放すつもりはない。ここは俺の神域だ。お前がどこにいても、全て手にとるようにわかる」
「なにそれストーカー!?
神域って、神様の領域のことよね・・・?
・・そうか!防犯カメラだ!それで屋敷中を監視しているって言いたいのね?」
「たわけ者が。ストーカーはお前の方だ。
俺に嫁にもらってくれと懇願してきた同じ口で、よくもまあ!
せっかく共に珈琲を飲もうと待っていたのに、酷い女だ」
「何が入ってるかわからないお茶なんて飲むわけ無いでしょ!」
十六夜の手が素早く伸びてきて私の腕を掴み、引き寄せた。
そのまま自分に取り込むように体を密着させ、強く抱きしめられる。
「やっと一緒になれたのだ。
今は俺を信じて、傍にいてくれないか?」
知らない人なのに、私の胸はきゅう、と痛んだ。
おずおずと衣を握りしめる。
その後、私は屋敷中を探索したが出口が見つからず、彼が手を出してくる気配もないため、ここに住むしかなくなった。
十六夜と私との奇妙な新婚生活が始まったのだった。
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