判ぜぬ目の色

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 夜通し山を駆けている。追っ手は来ないようだ。このまま朝を迎えて国境(くにざかい)を越えたい。  一族を追放された。気づいた時には、すでに全ての手はずが整えられていた。  誰の仕業かはおおよそ見当がついている。……庶家の彼奴(きゃつ)だ。一族内や周辺諸国との厄介事を収める手腕には、俺も彼奴に一目置いていた。だが、すべての家が揃う会合では、身じろぎもせず伏し目がちに俺に視線を向け、法度や古典籍に照らして是非を問うのが常であった。  その目に軽蔑と憎悪の色が込められているのを、俺は見逃しやしなかった。俺が戦(いくさ)に強いのは、馬や武具の扱いが人よりうまいからではなく、実際はこの「勘」なのだ。……だが一つだけ、彼奴の中には読めない目の色があった。俺にはそれが何かはわからないままだ。  今度の追放劇の発端は、俺が遊興と偽ってサブラヒの家の当主を呼び出し、惨殺したことにあった。サブライ家の所領を奪取する目的であった。この行為に対し、一族の頂点に立つハフリの家の当主である俺を、激しく非難していた彼奴であったが、……どういうわけか俺を殺さなかった。  のどが渇き、腹が減った。騒動が起きたのは昼餉(ひるげ)前で、俺は走り続けている。  一軒の人家が見えた。杣人(そまびと)か何の住まいであろう。俺はいつも戦場(いくさば)でするのと変わることなく侵入した。  家には、夫婦と子供が一人いた。侵入者に驚き、奥に下がっておびえていた。俺は構わず甕の水を飲みたいだけ飲み、食い物を物色したが見つからなかった。  「食える物を出せ」  「……ございませぬ」  震える声で、だがきっぱりと、主(あるじ)の男が答えた。俺は反射的に腰の刀に手を伸ばした。――そのまま相手の前に踏み込み、斬り付ける。――それが俺の生き方であった。しかし、そんな力も失っている自分に気づき、唾を吐いてその場を立ち去った。  人家を去ってしばらくして、自分を追って来る者があるのに気づいた。追っ手か?……腰の刀に手をかける。  「お待ちくだされ。落しものにございます」  ――落としもの?  先ほどの主であった。俺は足を止めて主を待った。  「お武家様、さきほど落とされたものを届けに、急ぎ追いかけました」  そう言って主は俺に何かを差し出した。反射的に俺がそれをつかみ取るや否や、主はもと来た道を走って戻って行った。  竹の皮の包みを開くと、雑穀を丸く握った飯に菜っ葉を塩でゆでたものが添えられていた。俺はそれを口にいれ、何度もかみしめた。……何度も。  主の目の色は、俺を追い落としたあの男の、わからなかった目の色と同じであった。俺はそれを見逃さなかった。しかし、主の「落としもの」という声を思い出し、これまでに覚えのない落ち着かなさを感じた俺は、その場に立ち尽くした。
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