空、翔る

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空、翔る

「いっくよ~! とっべぇ~!!!!!」  十歳の少年、(かける)は首に巻いたスーパーヒーローのような赤いマントをヒラヒラとさせ、手には段ボールで作った鳥のような翼をつけ、ニ階建ての屋根から飛び降りる。そして真っ逆さまに落ちていく。  トンッ! 背中に天使の羽がついたフワフワのワンピースを着た三歳になる少年の妹の飛架(あすか)がソファからジャンプし着地する。 「あらあら~飛架は本当に可愛いわね~。まるで天使ね」  そりゃあ、天使の羽をつけているのだから天使に見えるだろうよ。翔の母は飛架を溺愛している。 「飛架はとっても可愛いから、将来は天使になれちゃいまちゅね♡」  そうだな、死んだらご希望通り天使になれるだろうよ。翔の父は飛架を溺愛しすぎて、もはやアホになっている。  ドンッッッ!!!!!!!!!  これは少年が地面に落ちた音。毎日のように聞く音なので驚きもしない。 「あ、にいにがおんりした」と飛架はふにゃふにゃの笑顔でピョンピョンとジャンプをする。飛架はお子様すぎて状況を理解できていないようだ。 「あらあら~今日も元気ね~」  母は立派な大人のわりには状況を理解していないのが問題な気がする。 「また飛び降りて~翔はいつかお空の人になっちゃうぞっ」  おいおい、おやじ……おやじギャグかよ。ってか息子を殺すな。天然キャラと言葉で自分の可愛い子供たちを死なすなよ。  今は日曜の午前中。雲に一つない天色(あまいろ)の空が広がっている。 翼が生えていれば空を飛ぶには快適な気候で雲の上で昼寝をするには少し肌寒いそんな陽気だ。  あ、自己紹介が遅れました。俺は神です。  神と偉そうにいましたが、新人の神です。この家族を見守る担当をしている神です。普通の人には見えない存在だし、都合のいい時だけ人間に願い事をされる存在。要するに尊い存在。どうせ、人間は俺ら神の存在など信じていないのだろうがな。  さて。俺がなぜ、今ここにいるかというと……。マント少年、えっと名前は翔だったかな。そいつが死にそうだからだ。あ、端折りすぎた……死の危険信号が出ているからここ数日監視しているという訳だ。  翔は十歳とまだ子供で、残り寿命は約八十年ある。しかし、毎日のように飛び降りているため寿命が縮むというより無くなりかけている。寿命が正しく全うできなければ俺は神の資格を剥奪され死が待っている。神の仕事の一つは決められた寿命を守ること。ということで、とりあえず翔と話してみることにした。  翔は大の字になって青空に飛ぶ鳥たちをぼーっと眺めている。 「大丈夫か、少年」と俺は声を掛け、翔に手を差し出す。 「うん、大丈夫。ありがとう」  翔はニコっと笑い俺の手を借り立ち上がって、服や髪についた砂をはらう。  俺はワザとらしく大きくため息をつき、気怠そうに翔に尋ねてみる。 「お前はいつも飛んでいるな。楽しいのか」  すると翔はキラキラと目を輝かせて「うん、楽しいよ! 僕の夢も妹の夢も空を飛ぶことなんだ。だから少しでも長い時間を飛べるように毎日頑張っているんだ」と答える。  そんな翔に俺は現実を突きつける。 「そうか。でもこのままだと死ぬかもしれんぞ」 「そんなことないよ、見ての通り、僕はとっても元気だよ」と握った拳を腰にやり仁王立ちしながら太陽のような眩しい笑顔でみせる翔。全身に擦り傷があるのに何事もないようなそぶりを見せる翔が少し怖くも見える。そんな怪我をしているのによくもまあ元気とか言えるな。とか言いたいところだが、先ずは話を進めることにしよう。 「今は元気かもしれないが小さな怪我が増えていくといずれ大きな怪我になるかもしれないだろう。何事も小さいことと高をくぐっていると蓄積されいつか大爆発するぞ」 「大爆発? 僕が?」と翔は首をかしげて不思議そうな顔をする。 「うむ。大爆発はものの例えってやつだが、少年には理解できんか」 「うーん。難しい」  そうだな。俺の言葉選びが悪かった。かもしれないが、子供に本当に死ぬということを伝えていいかどうも難しい。ということでここはあの作戦でいってみるか。  俺は空を指さしながら「少年よ……お前の願いは空を飛ぶことなのだろう。俺が飛べるようにしてやるぞ」と得意げに伝えると、翔は目を宝石のようにキラキラと目を輝かせ「え? お兄さんそんなことできるの?」と見つめてくる。 「ああ、俺は神だからな」 「かみ? お兄さん、かみさんっていうんだ! 僕はね、翔っていうんだ。よろしくね」  翔は自己紹介をすると手を出し握手を求めてくるので仕方がなく手を出してみる。翔は俺の手をギュッと握りブンブンと振りまわす。 「ああ、よろしく。そして、俺の名前はかみさんではなく、カミサマだ」 「かみさま? あ! 神様か! クリスマスとかお正月とかにお願い事を聞いてくれる人だ」 「なんか色々交ざっているが、まあ願い事を叶えるという点では間違いはない。ということだ。さあ、願え。神様、お願いと」 「願う?」 「そうだ。飛ぶのが夢なのだろう」  翔は俺の翼を掴みツンツンと引っ張る。 「じゃあ、神様の背中に生えているその翼が欲しい!」 バシンっ! 俺は両翼で翔を思いきり挟む。これは無条件反射である。 「おいごらぁ~ちょっと待て。そんなことをしたらさすがの俺も出血多量で死んでしまうし、じゃなくて俺が神じゃなくなってしまうだろうがあああああ」 「い、いだい……。ごめんなさい。神様と同じ翼が欲しいってことでした」 「おっとやり過ぎた。すまない。この翼は神様のシンボルであって証のようなものだからあげられないが、翔は空を飛びたいのだろう? 空を飛ぶ翼が欲しいとか、鳥になりたいとか。翔が頭の中で想像したものにしてやるぞ」 「わかった!」と翔は神の目を見つめお願いのポーズをする。翔の頭の上に蕾の蓮の花が現れ、花が開き光り出す。これは願いが決まった時の合図である。俺は翔の頭に右手をのせる。 「神様、お願い! 鳥になって空を飛びたい」 「え? そっち選ぶの? マジかよ」  翔は白い光に包まれ目の前から消えてしまう。 「翔? 翔? どこに消えた?」 「神様! 僕はここにいるよ」  キョロキョロと見渡すが姿は見えない。 「神様、下だよ。足元を見て」と言われたので足元を見ると翔は掌にのるサイズの真っ白な小鳥になっていた。んんん? 鳥って小鳥を想像したんかい!! 「わあ、本当に鳥になった! 鳥になったよ! わーい! わーい!」と言いながらパタパタと小さく飛び跳ねている翔。これじゃあ飛ぶ違いだ。翔を掌の上に乗せ、目線を合わせる。 「翔よ、そんなにバタバタとさせたら飛べやしないぞ。俺の翼をみて飛び方を覚えろ」 「ふむふむ。こうかな?」 「そうだ。飛び方は覚えたな。もっと高いとこで飛んでみるか」 「うん、お願いします」  俺は翔を掌に乗せ高く飛んでいく。空高く上がったところで翔は翼を広げ飛んでいく。うんうん。自分で言うのもなんだがいい仕事をしたなと思っていると。気持ちよさそうに飛んでいった翔は自分より二回りも大きな鳥に威嚇され、攻撃され落下していく。 「え? マジか……」 真っ逆さまに落ちて行く翔をキャッチしたと思ったら、翔は掌の上で力尽きていく。えっと……寿命はあと八十年……どうするこの状況。とりあえず、あっちの世界へ連れていくか。  全てが真っ白な世界――天国。  空も地面も建物も全てが真っ白で眩しい場所。その中心に神たちが集まる神殿があり、その中心には大きな黄金に輝く光の柱がある。その柱を中心とし、地上へと繋がる転送装置が円を書くように並んでいる。  とりあえず天国に着いた。死という恐怖の記憶はトラウマになりかねない……だから空を飛んでいる楽しい記憶だけを残し蘇生させるか……。小鳥の翔に手をかざし、魂を復活させる。翔は眩しく光り、透き通った人の姿で起き上がる。何故透き通った状態かというと肉体は死んだままだからだ。翔を元の世界に戻すには本人自身が人間に戻ることを願わなければ肉体を蘇生することは出来ないのである。 「ま、眩しいなあ。ここはどこ?」 「(誤魔化すように早口で)ここは天国だ。(普通の口調で)それより翔、具合はどうだ?」 「なんかちょっと体は痛いけど大丈夫」 「そうか。記憶はあるか?」 「鳥になって空を飛んでたような? それでここはどこなの?」 「そうだな。お前は……詳しく説明はせんが死んでしまったんだ」  翔はその言葉にショックを受け、魂が人型の頭部から人魂になって抜け出そうとしてしまう。 「待て待て!」と俺は慌てて翔の魂を仮の姿の翔の器に押し込む。 「はっ! なんか今、死んだひいじいが手を振っていたような?」  しまった! 一瞬あっちの世界に迷い込んでしまったか! 「ん? 気のせいだろう? そうだな、飛ぶのは難しいようだから人間の姿に戻らないか? そろそろ家が恋しくなったんじゃないかな?」 「え? まだそんなに時間が経っていないよね? まだお空を飛びたい!」  翔は目を輝かせてこちらをじっと見つめている。うむ、どうしたものか。本人の意思がない限りその姿には変えられないし、ここは思う存分付き合ってやるか! 「わかった、翔。今度はどんな翼をもったものになりたいんだ」 「んとね、さっきは小さな鳥だったけど今度は大きな鳥になりたい!」 「承知! では、願え」 「うん! 神様、お願い。大きな鳥にして」  白い光に包まれ、翔は大きな鳥の姿になる。しかし上手く羽ばたけず地面に着地してしまう。 「さっきの小鳥と違って、翼の動かし方が難しい気がする……そして重い」 「うむ。俺の力でなんとかできるが、飛ぶものを作りたいのだろう。自分で経験してみないと意味がないな。ほれ、頑張れ」 「うん、頑張る」  翔は重たい翼の動かし方を試行錯誤し自力で飛べるようになる。そして角度やスピードを調整しながら飛び始める。 「ふむ、いんじゃないか」 「なんとなくわかってきた」  翔は感覚を覚えるのがとても上手い。翔だからではないか。子供だからできるということか。大人になったら新しいものを受け入れられず理解もせず否定したり、頭がガチガチに固くなって柔軟に考えることができなくなるからな。そんな大人をたくさん見て来た。しかし子供というものは純粋で好奇心があり努力をする。見ていて感心するな。 「早速、地上で飛んでみようか」 「うん、楽しみ!」  地上に到着し、翔は羽を大きく広げ空を飛び始める。翔の家の近くは住宅街なので山の方を目指し飛んでいくことにする。山には多くの鳥たちが飛んでいる。翔は小鳥の時とは違い、まるで本物の鳥になったかのように上手に飛んでいる。 「どうだ、楽しいか」 「うん、すっごく楽しい! 飛ぶのは慣れたし今度はスピードを出してみるね」 「うむ、いってこい」  翔はスピードを上げ真っすぐに飛んでいく。  ふう、少し疲れたな休憩でもするか。俺は仰向けになってプカプカと浮き、目を閉じる。  バーン!!!  ん? 銃声?! 音が聞こえてきた方を見ると……翔が撃たれて真っ逆さまに落ちていく。え? 嘘だろ????? 翔を抱え天国へと急ぐことにする。どうしてこうなるんだあああ!  再び、天国へ。  とりあえず、天国に着いたし。また空を飛んでいる楽しい記憶だけを残し魂を蘇生させるか……。翔は眩しく光、透き通った人の姿で起き上がる。 「うあ~よく寝た~」 「翔、覚えているか?」 「お空をビューンって飛んでたような気がする」 「そうだな。そして……残念だ。また……」 「そっか。お空の人か……」 「すまなかった。俺が付いていながら二度も……」 「神様は悪くないって! 運が悪かったんだよ。お母さんもよくいうんだ。普通に暮らしていても明日は何が起きるかわからない。そうなってしまうのは運命だから仕方ないし、でも折角なら毎日という日々を悔いのないように出来たらいいねって。だから気にしないでケセラセラだよ!」と翔は満面の笑みをみせる。 「ありがとう、翔。母の話も出たところだし、家に帰るか?」 「まだまだ! 今度はね、飛行機になってみたい!」 「わかった、願え」 「神様、お願い! 僕を飛行機にして」  白い光に包まれ、翔は現在の身長のままの飛行機の姿になる。 「なんでこのサイズ? ってここで実際のジャンボ機になられても困るところではあるが」 「ねえ、神様。どうやって飛べばいいのかな?」 「普通に考えると操縦をしないといけないのか」 「そうだよね、体はこのまま動かせないし機械操作をするんだよね」 「意識を操縦席に向けて動かすイメージは出来るか?」 「やってみる」  翔はそういうと少しずつ前進していく。そしてスピードを上げて飛び上がる。 「翔! すごいじゃないか! よし! このまま地上で飛んでみよう」 「うん!」  そして俺たちは地上へと降りていく、落ちたら危ないと思い海が広がる場所へと降りることにする。さすがにここには天敵もいないし、飛ぶのに満足したら人間の姿になって家に帰りたいというだろう。  翔は空を独り占めしたかのように優雅に飛んでいたかと思ったら、突風が吹いた瞬間に視界から消えていく。翔の身長が飛行機のサイズであるということは……重さはまさか? 体重と同じということか? 翔は風に煽られ流されていき、意識を失ったのかグルグルと回転している。  さすがにこの状況は二度あることは三度ある的な展開になりそうじゃないか! ダメだダメだ! 今度こそ翔を満足させなくては! なんて思っていると本物の飛行機が飛んできてエンジンに巻き込まれ……以下略。三度目となると俺がトラウマになりそうだ。ってそうじゃない。  再び、天国へ。  とりあえず、天国に着いたし。また空を飛んでいる楽しい記憶だけを残し魂を蘇生させよう。翔は眩しく光、透き通った人の姿で起き上がる。 「今回もなんだね」と悲しそうに笑う翔。 「すまない。そろそろ人間に……」 「ここまで来たらとことん飛んでみたい! 次は何がいいかな?」  翔は目を輝かせている。そこまでして空を飛びたいのか。死なない生き物……そうか! 天使か!!!!! 「翔! 今度は天使にならないか」 「天使? なりたい! 神様、お願い。天使にして」  なんか展開が早いな! まあいいか。俺の手をギュッと握る翔。光に包まれ、翔の背中に天使の翼が生える。ついでに頭の上に黄色い輪っかもおまけについている。なんか死んでいるようにも見えるがいいか。 「わーわー! すごーい! 僕、天使になったんだ! 夢がかなったよ」と翔は翼をバタバタさせ大喜びをしている。  天使になるのが夢? 天界人になりたいのか? いや、違うか……。空を飛ぶイコール天使のイメージなのか。本当の天使の仕事も知らないで……子供とは純粋とは怖いものだ。しかし良いものだ。ん? ちょっと待てよ。天使は神属性か? 死んでいる扱いになるのか? まあ、蘇生したことだし問題なかろう。 「もう宙に浮けているようだし、早速地上へいくぞ」 「うん! はやくお空を飛びたいっ!」  再び地上に戻る。戻った場所は翔の家の真上だ。翔の家を覗くと飛架が背中についているワンピースの羽を広げて走り回っているのが見える。飛架はこちらに気が付いたのか窓に張り付き笑顔で手を振ってくる。俺たちが見えるのか? 無視するのもあれだし手を振り返すことにする。さて、どうしたものか。地上はさっきの晴れた天気から一変し土砂降りの雨で雷も鳴っている。 「神様、雨だからかな? ちょっと飛びにくいよ」 「翼の向きをこうするんだ」  俺も最初は飛ぶのに苦労したからな……。俺は初心に戻り、手取り足取り飛び方を丁寧に教えた。すると、数十分で。 「え? こう?」 「そうだ。飛びやすくなったろう」 「うんうん! ありがとう、神様」と言って翔は空高く上がっていく。  雨とはいえ、さすがにこれで気が済んだら説得して飛ぶのをやめてもらえるな。うんうん。めでたし、めでたしだ。  ピシャッ! 大きな閃光と大きな音が聞こえる。まさかな? 三度あることは、四度あってたまるかあああ!!!!! 雷に打たれた翔が落下してくる。さて、時を止めよう! じゃなくてだな。そもそも俺の力ではそんなことは出来ん!  再び、天国へ。  うむ。こうなったらヤケだ! 「翔、次はこの世界にはない巨大なドラゴンにならないか」 「ドラゴン? カッコイイ!!!!」と透明な翔は目をキラキラと輝かせる。 「よし、願え」 「うん! 神様、お願い。僕を最強のドラゴンにして」 ということで! 異世界転生します! そういえば最近の若い者は同じ世界に転生ではなく、記憶を持ったまま異世界に行きたがる奴が多いな。流行りなのか? まあいいや。 それでは、異世界へGO!  混沌とした闇の世界。太陽が大地を照らすことがなく雷が降り注ぎ、黒い雲で覆われた世界。この世の終わりを感じさせる寒さと空気感。翔は噴火を繰り返す火山の元に生息する最強のドラゴンとなり転生した。ドラゴンは火山で生息するだけあり色はマグマのように赤黒く鬣は炎を纏い燃えており、角と爪は太く鋭く、大きな翼と尻尾を生やしている。尻尾からも鬣同様に炎が燃え盛っている。まるでラスボスのような風貌に翔は姿を変えた。さすがにこんな世界で事故などおきることはないだろう。 「翔、気分はどうだ」 「何もかもが小さく見えるし、すごーく遠くまで見渡せる」  ドスン、ドスン。翔は飛ぼうとするが中々飛ぶことができない。 「なんでだろう、飛べないよ」  ドスン、ドスン。 「よく考えるんだ。今までと身体の作りが違うだろう。今までの経験と飛ぶバランスを考えてみろ」 「そうか、世の中にはいろんな飛ぶものがあって、それぞれに飛ぶ原理は違うんだね」  子供のくせに難しい言葉を知っているな。まあ理解できたならいいか。翔はブツブツと言いながら試行錯誤して飛ぼうとしている。一人で考えて試行錯誤しているようだし、ここはアドバイスなどせずに様子見ということで、よし! 休憩タイム。地面にフワフワの毛布をひき、ゴロンと寝転ぶ。  ドスン、ドスン。それにしてもこの音と地響きは不愉快だな。とか思っていると、あれ? 聞こえなくなった? まさかまた? と空を見上げると、翔は早速飛べるようになり、混沌とした空を大きく旋回している。さすがだな、やればできるじゃないか!  翔がクルクルと飛んでいると、小さな光がみえたかと思うとマグマの中に落ちていき、そのまま姿がみえなくなってしまう。もうやめてくれえええ! また死んでしまったかと思っていたら、翔はマグマからヒョコっと顔を出す。 「ぷはあ! なんかチクっとしたような気がする? なんで落ちちゃったんだろう」  そうか、火山で生息しているということはマグマなどなんともないのか。まったく、心配させやがって。 「翔、大丈夫か? はやく上がってこい。そんなところに長いしたら火傷するぞ」 「なんかね、温泉みたいにあったかいの。気持ちいいの……ちょっと疲れちゃったから……」  グオーグオー。翔は大きなイビキをたて爆睡しはじめる。なんだか呑気な奴だな。俺も疲れたな少し眠るか。  ドン。ガシャン。ヒューン。カンカン。ドカン。な、なんだこの騒ぎは……五月蠅いぞ……って、あーーーーーーーーーーー!!!!!!! 勇者御一行様が、マグマの中で昼寝をしている翔に攻撃を仕掛けている?! なんでこうなるんだよおおおおおおおお!!!!!  翔は氷漬けにされ頭の上にはピヨピヨと鳥が飛び気絶状態になっている。 「トドメだあああ!」と勇者は翔に渾身の一撃を与え、翔は消滅してしまう。 やーめーろー!!!! って冷静になれ俺。時を戻そう。なんて戻せないし、下っ端神の俺にそんな力ないし。  はい、再び天国です。 「翔、ちょっと手違いで間違った世界に来てしまったんだ」 「え? そうなの? 楽しかったよ! あ、でもまた透けてるってことはそういうことなんだね」 「何度も本当にすまない」と俺は土下座をして謝る。 「もう慣れたから平気!」と翔はダブルピースをしながら「それで、次はどんな翼の旅が待っているのかな」と笑顔を見せる。  さすが話は早い。とはいえ、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 「そうだな、次は平和の世界でフレースヴェルグになろう」 「うん、なろう! ってなあに? その生き物」 「ドラゴンに似たような生き物だ」 「よくわからないけど、おっけい。神様、お願い。フレースヴェルグにしてください」  今度こそ……。はい! もう一回! 異世界転生、レッツラゴー!  晴れ渡った青い空、太陽が二つある平和な世界。冒険者という者はいるが勇者が存在せず、魔物はいるが小物ばかりでドラゴンという大きな生き物は存在しない世界。そんな世界の片隅にフレースヴェルグとして翔は転生した。平和の世界だし、攻撃してくるような者もいない、気候は穏やかだし、さすがにもう何も起こらないだろう。 「のんびりと飛ぶがいい。俺は力を使い続けてヘトヘトだ。少し休む。飛ぶのに飽きたらいってくれ。元の世界に帰ろう」 「うん、わかった! 飛んでくる」  飛び方をマスターした翔は早速空高く飛び、翼を大きく広げ飛んでいく。  俺は平和の世界に行けば何も起きないと思い込んでいた、そう問題ないと確信していたのだ……。 「……神111149、起きろ」  ん? 声が聞こえる? 「起きろ、バカ者め」  目を覚ますとそこは天国で、俺の上司が俺を睨みつけて立っていた。 「うわあ、部長! おはようございます? ってここは……あれ?」 「だからな、私は部長ではないといっているだろうが!」 ちなみに部長とは、各地域を管理するボス的な存在で何人もいる。本当はカタカナでなんとかという名前だが覚えられなくて、俺はそう呼んでいる。最近の日本は何でも英語? カタカナ語を使用して覚えらない。日本人だし日本語じゃダメなのかよ。 「あれ? 翔は?」 「バカ者め、フレースヴェルグになった少年は世界中を飛び回り、嵐を起こして住んでいるものすべてを殺しつくしてしまったんだぞ」 「うええええええええ?!?!」 「安心しろ、時は戻したからその世界はなんともない」 「あ、ありがとうございます」 「それより、あの少年をはやく元の世界に戻してやれ」  部長が指さす方をみると、翔は光の玉の中で眠っていた。 「お前はなにをやっているんだ」 「あの少年は残り寿命がまだ八十年あるのに、空を飛ぼうとして飛び降り続けたため死ぬサインが出ていたのです。だから無茶して飛ばぬよう、飛ぶ願いを叶えて二度と飛び降りないようにと考えたのですが……」 「それで色んな動物になったり、異世界転生までさせたのか……。少年に色んな形で飛ばせてあげたい、飛ぶ原理を学ばせたいというのはわかる。が他にも方法はあっただろう」 「未熟者で申し訳ありません」 「反省しているならいい、最後まで仕事を全うしろ」 「はい」  俺は光の玉に触れ、翔に話しかける。 「翔、色々とすまなかったな。元の世界に帰ろう」 「あ、神様! もう帰るの? もっと色んな翼に出会いたいよ」  部長は指をパチンと鳴らし、翔を元の人間の姿に戻す。 「あれ? 透き通っていない? 元の姿に戻ったの?」 「ああ、これで元の世界に帰れるぞ」 「そっか。もう終わりなんだね。神様! 色々とありがとう。すっごく楽しくて、すっごく勉強になったよ」 「すまなかったな、危険な目に合わせてばかりで」 「ううん、神様のおかげでいろんな経験が出来て本当に感謝しているよ。それでね、もう一つお願いがあるんだけど……ダメかな?」  俺は部長に目線を送ると、部長は大きく頷く。 「どんな願いだ」 「あのね、誰にも話さないから記憶は消さないで」 「ああ、そのつもりだ。しかし他言無用だぞ。約束だ」 「うん、わかった。指切りげんまんね」  俺と翔は指切りをかわした。 「それが願いか」 「うんとね、さ、最後のお願い」 「なんだ」 「神様、お願い。僕に空を飛べるようになる知識をください」 「……わかった」  俺はそういって翔の頭に手をのせる。 「元気でな、翔。もう飛び降りたりするんじゃないぞ」 「わかった、ありがとう。神様」  翔は光に包まれ元の世界に戻っていく。 * * *  数年後、翔は飛宙(ひくう)エンジニアになり、人自身が空を飛ぶことができる機械を発明した。そして、翔がつくった空飛ぶ機械を使用し飛ぶのは翔の妹で飛宙士(ひくうし)の飛架であった。 「神111149。お前はあの少年の最後の願いを叶えたのか」 「どう思いますか、部長」 「十中八九、叶えていないだろうな」 「さすが、わかってますね。部長」 「あの少年は、自分の力で叶えたのか」 「そうですよ、人間の想いの力はすごいんです。不可能も可能にしちゃうんですから」 「みていて、飽きない生き物だな」 「そうですね、人間ってマジサイコーっすね」  コトダマ。  想いを込めたモノやコトバは必ず届く、伝わる、繋がる、叶う!  想いの力で世界は変化する。
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