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「なんで私だけこんな、チンチクリンなんやろ」
盛大に吐いたため息が冬空に吸い込まれていく。分厚い灰色の雲。私の気持ちにそっくりだ。
もうすぐ雪が降るのかもしれない。吹きつける木枯しがあまりに冷たくて目をつぶった。冬の下校はとにかく寒さとの戦いだ。
「近道して帰ろ……」
鼻先までマフラーを引き上げて道路を横切った。この先に善光寺というお寺がある。そこの境内を抜けるのが家までの1番の近道だった。
脇道から失礼して、こっそりお寺に入る。もう夕方だからか参拝者は誰もいない。天気も相まって、お寺の雰囲気が少し寂しい気がした。
このお寺には和倉さんという50代くらいの優しい住職さんがいる。うちは檀家で、行事や法要にはちっちゃい頃からおばあちゃんと毎月参加していた。
和倉さんはいつも面白いお話を聞かせてくれる。説法というものらしいんだけど、全然難しくない。
私は和倉さんの話を聞くのが好きだ。落ち込んだ時、心にすっと届く優しい声と言葉で励ましてくれる。
でも最近は全然会えていない。和倉さんは先月お寺の屋根の様子を見ていてはしごから落ちてしまった。全治3ヶ月の大怪我だそうだ。
「和倉さん、元気にしてはるかな……」
小さく開いた扉の隙間からほんの少し本堂の中の様子が見えた。いつもと違って真っ暗で、しんとしている。静かに手を合わせて、足早にお寺を出ようとした。
お寺に来たのに、今日は全然心穏やかになれない。ずっとお腹の底がザワザワしている。あとなんだか少し、気分が悪い。
頭をぐるぐる巡るのは怒りとか嫌悪とか嫌な気持ちばかり。今日一日の出来事がずっしりと胸にのしかかる。
なんで私ばっかりこうなんだろう。私だって普通におしゃれして可愛くなりたい。ただ普通に、真嶋君に告白しても恥ずかしくないような普通の女の子になりたいだけなのに。
羨ましい。ムカつく。悔しい。そしてやっぱりーー
「生島美湖なんて……大ッ嫌いや」
そう呟いた瞬間、ふと体の輪郭がぼやけた気がした。じわりと皮膚が揺れるというか、体の芯がずれるというか、すごく変な感覚。
「さぶっ」
足元からぶるりと寒気が駆け上がる。この妙な感覚、風邪でも引きかけてるのかもしれないし、早く家に帰ろう。
そう思い立って、お寺の境内から外へ足を踏み出そうとしたとき、
「ちょい待ちぃ」
ふいに声をかけられ足が止まった。一瞬和倉さんだと思ったけれど、違う。なんだか声が幼いし、少し乱暴だ。
「自分、今めっちゃ大事なもん落としたで」
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