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──── 室町時代末期。京に有りし武家政権である足利幕府は、守護大名らの争に呑まれ衰えていた。争の絶えぬ日の本に戰の終止符を打つ事となった織田や豊臣。徳川が育ちし尾張にまた一人、日の本を変える事となる男が生まれた ────
永禄五年【一五六二】水無の二十四日。此の日は六曜の中で最も吉日とされる大安であった。「大いに安し/万事を進んで行うが良しとする日」と言う意味を有している。
尾張の中村に在りし加藤荘に、甲高き赤坊の声音が響いた。赤坊の父である加藤正左衛門清忠は赤坊の円い頬を撫る様にして触れた。正左衛門清忠の妻である伊都は其の景面に、瞬き一つせず悦感に満ちた面貌で双眼を向けた。
『此の子の声は誠、禽鳥の囀りの様じゃな。』
正左衛門清忠もまた、赤坊を抱いて幸福の感情の波が心中を畝った。因みに此の加藤正左衛門清忠は大永六年【一五二六】に美濃国で生誕した。此の年で三十八歳となる。
『貴方、此の子の名は如何致しますか。加藤の御家の建て直しを此の子に任せると仰せになるのであらば、相応の名前を此の子に御授け下さいませ。』
正左衛門清忠の氏族は元々、美濃守護代の斎藤山城守道三に仕える重要地位にいた。然し、斎藤山城守道三が謀叛に遭って討死すると正左衛門清忠は美濃から尾張の中村へ逃げ延びた。此れは事実上、加藤氏は権威を失ったという事である。
『と…とら…虎…。虎之助は如何じゃ。此の子を虎之助と名付けよう。』
後に「熊本の英雄」と慕われる事となる加藤虎之助が今、此処に誕生したのである────。
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