神様のおとしもの

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「すみません!落としもので届いていませんか!?黒のボールペンで、軸が白くて、銀色で天使の羽がモチーフのチャームが付いてるんですけど・・・」  交番の扉を開けた女性は警察官に問いかけていた。  女性の姿はまだ若い。化粧は薄く、成人しているのかしていないのか微妙なラインだ。 「落とし物ですね、少々お待ちください。」  警察官は突然の出来事に対しても意外なまでに落ち着いていた。イスに座って待つよう女性に指示し、棚にあった分厚いファイルから落とし物用の記載用紙を取り出して女性の前に置いた。 「こちらに名前、電話番号、落とした物をお書きください。詳細欄には出来るだけ詳しく落とした物の情報を書いていただけるとありがたいです。」  女性は指示に従い名前を書き、電話番号を記入し、そして落としたものの詳細を書き始めた。  そんな作業の少し前。そこに記述された詳細と似通った物を拾った人がいた。  大学の抗議の合間。2限が終わり、次の抗議が4限であったため時間を持て余している女性がいた。彼女はお昼ついでにお気に入りのカフェに出向きお茶をしようと移動している最中だった。  カフェに入ろうとしたとき道路の脇に何かが落ちているのが目に留まった。それは持ち手が白く、ペン先とノック部分が銀色で、天使の羽がモチーフになった銀のチャームがつけられたボールペンだった。  そのボールペンは道路に落ちていたにも関わらず、傷や汚れが全く見られず、とても綺麗だった。思わず手にとり、ボールペンが壊れていないか2・3度ノックをしてみる。カチカチと心地よい音を立てながら、ペン先が出て、そして収納されていった。どうやら壊れていない様子だ。  女性は一度周囲を見回すが何かを探している様子の人は見られない。かといってこのまま道路に置いたままでは見つけにくいだろう。  女性はどこか目立つ場所はないかと、ペンを持ったまま周囲を見渡すが見つからない。  仕方なく女性はペンを持ったままカフェに入店した。窓際の席に座り、探している様子の人を見つけたら声をかければよいと考えたからだ。  女性は席に座り、イチゴのケーキと紅茶を注文した。窓の外を気にしつつも、拾ったボールペンを眺める。それは見れば見るほど不思議なボールペンに思えた。銀色の部分は銀製であるのはわかるが、それはボールペンの装飾品とは思えないほど綺麗に磨かれ、輝いている。白く美しいペン軸の素材もプラスチックでも陶器でも無く、何かはわからないが不思議と手に馴染んだ。  ボールペンを手持ちぶさたに回しながら窓の外を眺める。人を姿を何となく目で捕らえながら、頭では注文したケーキの事を考えていた。  ちょうど『ここのケーキは美味しいけれど、もっとイチゴがあればいいのにな。』と考えた時だ。まるでかゆいと感じた場所を掻こうとするように、自然な反射として鞄から抗議用のノートを取りだし、ノートの空きスペースに拾ったペンで文字をはしらせていた。  彼女がハッと気が付いたとき。ノートにはこう書かれていた。 『もっとイチゴがあったらいいのに』  なぜこんな事を書いたのか。疑問に思っていた時、注文した品がテーブルに届けられた。 「お待たせしました。紅茶とイチゴのショートケーキです。」  そしてケーキを見て驚く。普段は1つしか乗せられていないはずのイチゴが、ケーキ上部の生クリームが見えなくなるほどぎっしりと乗せられていたからだ。  彼女は思わず店員に問いかける。 「私、普通のイチゴのショートケーキを頼んだんですけれど。間違えていませんか?」 「イチゴを間違えて多く入荷してしまいまして。今日はイチゴを使った品はすべてイチゴを増量してお出ししてるんです。」  店員は笑顔で答えてくれた。  ラッキーだなと思ったとき、ノートに書かれた文字が目に入る。 『もっとイチゴがあったらいいのに』  もしかしてこれのおかげ?いやいやそんなことは無いでしょ。  ケーキに舌鼓を打ちながらも夢のような事を考えてしまう。もしも書いたことが現実になるのなら・・・  彼女が一番最初に思いついたのは同じゼミの男性。とてもステキな男性で仲良くなりたいのだが共通の話題もあまりなく、ゼミ内で連絡を取り合うためだけの目的で連絡先を交換して以来あまり関わりのない、そんな人物。  半信半疑、冗談混じりでペンをはしらせる。 『彼から急に告白してくれたらいいのに』  記入が終わったとき、一通の連絡が携帯に届く。まさかと思ったそのまさかだった。連絡してきたのは彼で、そこには熱量のある文章で愛の告白が書かれていた。  彼に返信をするより先に驚きが勝つ。もしやこれは本当に願いが叶うペンなのでは。  そう思ったとたん一気に夢が広がった。何を願おうか、どんなものでも叶うのか。いろいろと考えてしまう。  しかし彼女はここで冷静になる。大体こういう物にはリスクが伴うはずだ。無償ですべてが叶うとは考えにくい。  まずはどうやってリスクの有無を知れるのか。もしリスクがあるのならはたしてどんなものなのか。  ケーキを食べる手は止まり、既に紅茶も冷めてしまった。考えるためには集中できる時間がほしかった。  とりあえずもう一度、確認もかねて記入をしてみる。 『4限の講義が休講になればいいのに』  そして携帯には当然のように休講の知らせが届いた。  やっぱりこれは本物だ。さて、どんな願いを叶えていこうか。  そう考えた時だった。  外で大きな声が聞こえた。目を向けたときには窓ガラス越しに、こちらに向かってくる車の姿が見えた。  車はカフェのガラスを突き破り、彼女の席に突入する。  彼女に車が直接ぶつかる事は無かったが、押し退けられたテーブルやガラスの破片でケガをして、しばしの入院生活を送ることになってしまうのだった。  そして願いの叶うボールペンはどうなったのかというと。事故の衝撃で外に飛ばされ、煌めく銀の装飾にカラスが反応してくわえて飛び去り、途中の車のクラクションに驚き落としてしまい。事故現場から離れた、道路の脇へと転がっていった。  転がった時、光の反射で銀が煌めき、一人の少女の目に止まる。まだ新しい赤いランドセルを背負った少女はボールペンを拾い上げると、周囲に人がいない事を確認してからもと来た道を走って引き返した。  向かった先は交番で。そこには例の女性がちょうど用紙の記入を終えたところだった。 「これ落ちてました!」  少女は元気よく、警察官にボールペンを手渡す。 「あーそれ私のだ!」  女性が声を上げる。警察は淡々と用紙に書かれた特徴とボールペンを比べる。 「えーっと。白の軸、銀のペン先、装飾品に天使の羽のモチーフ。ペンの色は・・・」  用紙の端っこに線を引く、ボールペンから黒のインクで線が引かれた。 「黒。確かに特徴が一致しています。見つかって良かったですね。」  警察はペンを女性に手渡して、用紙の受け取り済み欄に自分の名前を記入した。 「ではこちらに受け取ったサインをお願いします。」  促された女性はそのボールペンで自分の名前を記入した。 「はい、これで手続きは終了です。すぐに見つかって良かったですね。」 「ありがとうございました。あなたも届けてくれてありがとうね。」  女性が少女の頭をなでると少女は笑顔で喜んだ。  警察官も笑顔を見せたとき、交番に無線の声が届く。 『喫茶店にて事故が発生、近隣の警官は向かってください。』  警察官は無線機に返事を返す。 『了解。向かいます。』  交番の鍵をしめて警察官は現場へと向かっていく。女性と少女は交番の外でそれを見送った。 「そうだ、このペン。拾ってから使った?」  女性は女の子に問いかける。 「ううん、すぐ持ってきた。」 「そっか、じゃあ何かお願い事はある?」  女性は少女に問いかける。 「お願い?うーんとね。」  少し悩んだ少女はこんな返答をした。 「学校で風邪が流行ってるって言われたから。お母さんも、お父さんも、弟も風邪をひかないといいなーって。」 「いいお願いだね、健康が一番だもん。」  そう言って女性はメモ帳を取り出し、天使の羽が付いたボールペンでこう記入する。 『この家族がみんな健康で入れますように』  揺れる天使の羽根飾りをみて女の子が言う。 「このボールペンの羽、お姉ちゃんと一緒だね。」  女性は少し驚くと、指先を自分の口元に持っていく。 「みんなには内緒ね。」  そう少女に告げると、女性は天使の羽を広げて大空へと飛び去っていった。  上空で天使がつぶやく。 「ふう、これで神様の落としものも残り54個か。全く、人間の強欲さを試すからってこんなものを人間界に落とさなくても。あんなにいい子もいるのに・・・」  ぶつぶつとぼやきながら天使は次の落としものを探しに向かうのだった。
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