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   神様なんて、大嫌い。    暑苦しさで目が覚めた。重いまぶたを無理矢理引き上げる。  案の定、お腹の上には白くて太いしっぽ。わたしは寝起きの頭でふうと息を吸う。 「乙女の部屋に入るなって言ってるでしょ! このセクハラ白狐ー!!」  わたしの家は、とある地方都市にある、小さな稲荷神社だ。 「おまえがへそ出して寝てるから、冷えないようにと思ったのに……」  ぶつくさ言いながらほてほてついてくる、子犬ほどの大きさの白い狐は、真白(ましろ)という。一応うちの神様……というか、支店長、というか。  ご存知だろうか。  全国には稲荷神社が三万社以上あるということを。  え、コンビニ? って感じだ。  で、稲荷神社の神様ってのは宇迦之御魂(うかのみたま)っていうんだけど、この人……じゃなかった、神様は、稲荷神社の総本社、京都の伏見稲荷にいる。おわす?  で、当然三万社もある支店……じゃなかった稲荷神社すべてに赴くことはできないから、眷属である白狐を配置しているのだ。  白狐は、日々人々の願いを宇迦之御魂に奏上する。  で、宇迦之御魂様がそれらを抽選し、当選したらお願いを叶えてくれる。  どこか一社の白狐が必要以上に権力を持ってしまわないよう、そのようなシステムをとっているのだそうだ。  もちろんこれは稲荷神社関係者だけが知るトップシークレット。  一般の人は、うちの神社そのものにえらーい神様がいると思って日々お参りしているのだ。本当は一日一回の奏上以外なにもしていない。  高校三年生の今に至るまで、私は真白が自分のふさふさしたしっぽにくるまって、日がな一日寝ているところしか見たことがない。 「神社とか、神様とか、意味ないよね」  わたしは神社も神様も、きらい。  神様はわたしの出産で体調を崩したお母さんの命も助けてくれなかった。小学生の頃、神社=幽霊という男子の短絡的な発想によって虐められていたときも。  廊下の窓から、今日も近所のお年寄りが朝の散歩がてらお参りしているのが見える。わたしは冷めた気持ちで言った。 「お願いして、さらに抽選に当たらないといけないなら、何もしなくても一緒じゃない」  真白は言う。 「そもそも人間には己の願いを叶える力がある。それを阻害しないようにしてるんだ」 「……嘘ばっか」 「強く願いを固めてここへくる時点でほとんどの願いは叶う。神社はやる気スイッチみたいなものだ」 「詐欺じゃん!」  そんな会話をしながら学校へ行く仕度をばたばたと整えキッチンへ向かうと、朝拝を終えたお父さんと出くわした。 「ゆきちゃん、おはよう」 「早くはないがな」  後ろからそう言ってくるのはおじいちゃんだ。婿養子のお父さんはどこかのほほんとしてるが、おじいちゃんは神域にあるしめ縄のかかった岩みたいなひとだ。見た目も、考え方も。 「ゆき、今日こそきちんと進路の話をーー」 「あー! 遅刻しちゃう! また今度ね、おじいちゃん!」  わたしはわざとらしくさえぎって、家を飛び出した。
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