願う 

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清水丈(しみず じょう)彼が育った家には犬がいた。物心ついた頃から彼の側にはずっと犬がいた。 母親は言う、あなたの子守はすごく楽だった。当時飼っていた犬があなたの子守をかって出てくれたのよ。名前覚えてる?そう、正解、よく覚えていたわね。丈が赤ん坊の頃の話よ、アンディはあなたのそばを片時も離れなかったの、ほら見て?あなたの写真には必ずアンディも写ってる。 こんなことがあったわ。歩きだしてすぐの頃よ。ベビーサークルから脱走したあなたのお尻にアンディが噛み付いて引きずってるの!引きずってるのよ!もぉびっくりしちゃったのお母さん。でもね、よく見てみるとあなたは笑っているし、こっそり様子を見てたの。そしたらアンディったらあなたをベビーサークルの中へ戻そうと一生懸命引なの。あなたは楽しそうにソファーカバーを掴んで抵抗しながら笑い声をあげてたわ。お母さんね、あなたもアンディも愛おしくて涙がでたわ。 もっと小さい頃はね、違うわハイハイもできない赤ちゃんの頃よ。丈はミルクの後きちんとゲップさせても、よくミルクをもどしてたの。ふふ、飲ませすぎだったのかもね。ヨダレ掛けを一日10回は取り替えていたのよ。アンディはあなたの横や足元にずっといたわ。それがアンディったら可笑しいのよ?ある日もどしたミルクを舐めとったの。その日からよ、ヨダレカケが汚れる前にアンディがもどしたミルクをなめとるようになっちゃって。もぉミルクセンサーが凄いのよ、もどす前からあなたの顔の横で待ってるの。不思議なんだけど百発百中。子守をしながらちゃっかりミルクにありつくあたりずる賢くて笑っちゃうでしょ。 なんてことない日曜の午後。アルバム整理を突然始めた母が、そこに写った幼い僕と黒いラブラドールレトリバーのアンディの写真を指でなぞりながら懐かしそうに話をした。 黒い大きな犬の記憶。確かに僕の中にも残ってる。僕をいつも見ていた黒い瞳が沢山語りかけていた。沢山いろんな話をした。当たり前過ぎて特別に記憶に刻まれる事が無かった犬。特別は無くても常に僕の記憶と一緒に在る犬の姿。 僕はアンディが大好きだった。
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