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「丈泣くな、紐を切ってやろう、ほらこれでいい。仔犬らが悲しむぞ。仔犬らはお前の母さんの身代わりになってくれたんだな。そうかそうか、ありがたい事だ。母さんは助かっただろ?仔犬らが守ってくれたんだ、きっとそう。だからもう泣くな」
犬小屋に突っ伏して泣く僕の背をさするおじさんの手、おじさんの声、言葉。
犬が母さんの代わりに死んでくれたの?
おじさんの言葉を聞いて一瞬そうなのかと思った。僕は悪くないと救われた気がしたんだ。だから顔をあげてバディを見た、そうなのかと聞くために。
――違った。
バディの目は、そんな、その場その時でいいように形を変えるご都合主義の考えなんか吹き飛ばすほどの静寂をまとっていた。
バディの目は深淵を写していた。犬に悲しいって感情があるのかは知らない。でもこの目が、おじさんの言葉が間違いだって痛切に知らしめていた。
僕は願った。神様に願った。子犬に顔を埋めどうか生き返らせてくださいと。どうか僕の過ちを許して下さいと。二度とこんな考えなしな行動をとりません、だからどうかバディの仔犬の命を戻して下さいとひたすらに願った。
――神様、お願いします、どうか一度だけ僕の願いを聞いて、神様お願い。
その時だった、仔犬の足がモジモジと動いたんだ。僕の額に押されていた体わずかにうねる。その小さくて薄い爪が僕の手をひっかいた。
バディがすぐに反応した。石のようにその場から腰を上げようとしなかった彼女がすぐに歩み寄って来たんだ。大きな鼻先を仔犬に押し付けツンツンする。子の腹を舐め顔を舐め尻を舐め、そしてまたツンツンと仔犬の体を押した。バディへ仔犬を返すと彼女はすぐに横になり子を呼んだ。ヨタヨタと母の腹へ歩いていきパンと張った乳房に吸い付く仔犬。
一匹だけだったけど仔犬が息を吹き返したんだ。僕は嬉しくてまた泣いた。
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