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やつが焼きそばパンを買いに来る
売店の販売員なんてつまらない仕事だと思っていた。
朝から夕方まで客が来なければ黙って座っているだけの、そのくせ昼休みだけは火が付いたように忙しい、どうせなら自動販売機でも置いた方がお互いのためなんじゃないかと思うような仕事だと。
けれどもこれが続けていると存外にそうでもない。いや、仕事そのものはやはりその通りなんだが、いつの頃からか、そこから見える人間模様がけっこう面白いことに気付く。
いつも必ず同じものを買っていく生徒。
いつも必ず違うものを買っていく生徒。
買い物なんぞしないくせに雑談だけしていく生徒。
俺のことを地蔵かなにかだとでも思っているのか売店のある一角で喧嘩したりいちゃつき始める生徒。
これがなかなかに退屈しないのだ。
そして毎日そんな喧騒を眺めていると、だんだんと生徒の顔も覚えてくる。
まあ毎年のように卒業、そしてまた入学と、少しずつ更新されていって覚えた顔もいつの間にやら居たり居なかったりするのだが。
ともあれ、そうすると俺も人間の端くれだからして、気の合うやつ合わないやつ、気になるやつ気にならないやつ、という具合にだんだん差が出てくる。
そう、人間だからな。気付いたんだが実は俺は自動販売機じゃあなかったんだ。驚くべきことに。
そしてそうすると次は、その中でも特に気になる人間というやつが出てくる。
とはいっても相手は子供だから色恋とかそういう話ではないのだが。
ないぞ。
焼きそばパンを買っていく女子生徒がいる。
いつも焼きそばパンをひとつだけ。
最後にひとつ残った焼きそばパンを買っていく。
まあ、女子だから焼きそばパンひとつで十分事足りるのかも知れない。だいたいパンをひとつだけ買っていく生徒なんぞ男子にだって何人もいるから、それ自体は別にそう大したことじゃない。
いつも同じパンを買っていく生徒も無数にいる。そういうこだわりを持ちたい年頃なのかなんなのか、同じものを同じだけ買っていく生徒ってのは別に珍しくもなんともない。
しかし、必ず狙ったように最後のひとつの焼きそばパンを買っていくのはなんなんだ。
昼の売店というのは、今の若い子は知らないかもしれないが、例えるならデパートの特売タイムセールのような、欲望渦巻く弱肉強食の世界だ。そんな中で彼女は飄々するりといつの間にやら最前列に滑り出て、いつでも最後の焼きそばパンを手に取る。
人をかき分けて来るわけでもなく、かといって残りがふたつみっつの時に現れることもない。
いつの間にか、俺は昼休みの喧騒の中でも焼きそばパンの数ばかり気にするようになっていた。
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