焼きそばパンが売れなければやつらが来ることもない

2/3
前へ
/15ページ
次へ
「ない、わけではないがのう。まあ汝に思い出せはすまい」 「それが俺の病気ってことなのか?」 「概ねのところはの」  女は手にしていた焼きそばパンを包装ごと大きく齧る。 「そしてここは貴様の病を治すために作られた仮想空間である。いうまでもないがわしが作った」  つーかめっちゃ咀嚼してるけど包装ごと食っちまうのか?  あ、飲み込んだ。 「ほれどうした、口が動いておらぬぞ?」  女が包装ごと齧られた焼きそばパンで俺の口元を指す。俺の思考が読めるのか? 「読めるもなにも……いやここは読めると言うべきかのう。ともかくわしに隠し事は出来ぬと心得よ。それから喋れ、そのためにここがあるのだからのう」 「わ、わかった」 「よしよし、では話を続けよう。汝に売店の販売員という役割を持たせひとと関わらせることで刺激を与える、その仕事と汝の観察を受け持っておったのがあのふたりじゃ」 「ふたり……もしかして地味眼鏡と金麦か」 「くはは、そのセンスなかなか良いぞ。汝がそれを命名して以来わしもそう呼んでおる。褒めてつかわすぞ」  女は相変わらず焼きそばパンを包装ごと齧りながら悪そうな笑みを浮かべる。性格も悪そうだ。  しかしとりあえずは置いておこう。どれほど性格が悪かろうとも今はこの女に縋るよりほかにない。 「で、俺はこれからどうなる」 「うむ。経過は良いので汝が望むのであればここを出られぬこともない」  一度言葉を切って女は周囲を睥睨する。 「しかし、汝はここを出たいと思うのかのう?」 「どういう意味だ」 「汝は己が何者でありここが何処であるかを知った。であれば、もはやなんの不安も憂いもあるまい。ここにおれば余計な物事に患うことなく穏やかに生きられよう。敢えてここを捨てたいと汝は願うのか?」 「それは……」 「わしは神であるがゆえ、汝が望むのであればこの世界にも多少のイロはつけてやろう。好みの生徒と色恋に励むなど楽しいとは思わぬか?」 「いや子供はちょっと」 「う、うむ。然様か」  つい真顔で断ってしまいさすがの女もちょっと怯んだが、気を取り直して続ける。 「まあ大人の女でも良かろう。好みの教師を用意してやろうではないか。それとも、わしが相手をしてやろうか?」  そういう女の声は香り立つほどに甘く、ほんの一秒前まで悪意に満ちていた視線は艶やかに潤んでいる。  ああ、それは良いかもしれないな。毎日つまらないなりに悪くない仕事をして、いい女と好きに楽しめる世界が望む限り永遠に続くのなら……。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加