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翌日も総菜パンは順調に売れていた。売店前には昼食を求める生徒が殺到しており、ひとりで会計に奔走する俺は当然ながら手一杯で他のことに気を回す暇も余裕も無い。にもかかわらず焼きそばパンの数だけは欠かさず数えていた。まあ、習慣というやつだ。
そして十数分もしないうちにいくつかの焼きそばパンが売れていき、とうとう残りひとつになった。
時間が来た。いつものように俺の視界にあの少女が現れる。
ひとつ結びの三つ編みに規定通りの制服と靴下、紺のフルリムセルフレーム眼鏡の、文学少女という型から直接取り出したような姿の女子生徒。
たいていは気だるげでほぼ無表情に、稀に不敵で冷笑的な表情を浮かべて現れる彼女は、今日はそのどちらでもない表情を浮かべていた。
笑顔だ。
満面の。
なんだこれ。
こっわ。
そして目の前でもなかった。
なぜか人だかりの輪から少し離れたところに立っている。
それも腕を組んで仁王立ちだ。
今までそんなとこに出てきたこと一回もないだろ、なんなんだいったい。
だがしかしここまでの思考およそ一秒。俺は今まさに戦場のど真ん中にいるのだ。客ひとりの奇行にのんびりと疑問を弄んでいられるほど暇じゃあない。
だからやつのことは放っておいて次の会計をしようと視線を奔らせ、俺は見た。
人だかりの隙間から生えるように、日に焼けたような健康的な小麦色の華奢な手が、陳列棚にある最後の焼きそばパンに伸びるさまを。
そして同時に視界の遠く、あのおさげ眼鏡が大きく足を振り上げ冗談みたいに綺麗な投球フォームでこちらに向けて何かを投げつけるところを。
ちらっとパンツが見えたが特に嬉しくはなかった。つーかそれどころじゃない。
投げられた【それ】は大気を捻じり巻き込み不自然な轟音すら立てて、異常な気配に気付いてたまたま振り返った生徒たちの偶然生み出した隙間をすり抜けて陳列棚に、そこにある焼きそばパンとそれに向けて伸びた小麦色の華奢な手との間に、甲高い音を立てて綺麗に突き刺さった。
五百円玉だった。
海を割った古い聖者のようにとでも言えばいいのか、彼女は完全に凍り付いた空気を嘲笑うように悠々と生徒たちの間を俺の目の前まで歩いてくると焼きそばパンを手に取って、その見たこともない笑顔のまま俺に差し出して「お釣りください」と、これまた聞いたことのない猫撫で声で言った。
大きな金色の目をこれでもかというほど見開いてぽかんとしている小麦色の肌の少女の前で、俺もまたぽかんとした顔のまま釣りを渡した。
それこそ自動販売機のように機械的に。
火曜日の出来事だった。
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