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昨日、おさげ眼鏡が上機嫌で悠々と売店を去ったあと、残された生徒たちは何事も無かったかのように自分たちの買い物を済ませて去っていった。
目の前で起きたできごとを話題にする生徒はまったくいない。少なくとも俺の見えるところでは、誰も彼もが実に何事も無かったかのように振る舞い、昼休みは終わった。
不気味だった。
ただ、蜂蜜を思わせる豊かな金髪と小麦色の肌の少女だけが、俺と目を合わせて肩を竦めてから消えるように立ち去った。
いやまてお前も他のパン買わねえのかよ。背筋の冷えるような余韻を台無しにするな。
そして今日も焼きそばパンが早くも残りふたつになっていた。お前ら今すぐ出てきてふたりで仲良くひとつずつ買えよ俺も綺麗に売り切れてこういうの三方良しって言うんだぞたぶん。
だが残念なことに焼きそばパンはまたひとつ売れ、計ったようにやつが姿を現す。今日は目の前だった。
見慣れたおさげ眼鏡は見慣れた気だるげな無表情で最後のひとつの焼きそばパンを手に取り用心深く左右を見回す。
はっきり言って学校の売店で商品を手にしながらする仕草じゃねえな。事情を知らなかったら今から万引きするようにしか見えねえよ。早く会計してくれ。
不審行動をとること十数秒、構ってられないので他の生徒の会計を済ませていると、満足したのかようやっと焼きそばパンを俺に向かって差し出し。
た瞬間、視界上方に金色の影がよぎった。
「っしゃあ!」
鋭い掛け声と共に小麦色の生足が宙空に閃き、そのつま先がおさげ眼鏡の手からまるで曲芸のように焼きそばパンを毟り取る。
つま先が。
なので、足の指で。
なんで裸足なんだよ。
ふわっと小麦色の丸みを包む白いレースが見えたが特に嬉しくはなかった。つーかそれどころじゃない。こいつ陳列棚のふちを踏み台に飛びやがった。
猛禽類もかくやの勢いで獲物を掻っさらった足が地に着くと同時に手に持った小銭をカウンターに叩きつけ「お代なぁっ!!」と言い捨て叫び少女は人ごみに消えた。
ほんとうに一瞬の出来事だった。
目の前でなにが起きたのかわからない。いや、一部始終見ていたのでわかってはいるのだが脳が処理をしてくれない。
裸足で駆けてったぞ。陽気なダレカさんかよ。まあ、陽気そうではあるが。
とにかく犯人はその刹那の間で逃走してしまい、残された俺に出来ることと言えば若干涙目気味に俯く彼女に恐る恐るカツサンドを勧めるのが関の山だった。
そして俺の決死の営業努力も空しく売り上げが増えることはなかった。
なんなんだろうなもう。自動販売機になりてえ。
「それはまかりならぬ」
聞き覚えのない声だった。
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