羽ばたく心臓

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『私には無理だ』 いつからだろう。 やる前から決めつけて、逃げる癖がついたのは。 女の子は男の子に比べ、自我が芽生えるのが早い。 自分と身の丈の合う女子を見定めてグループを作り、小学校高学年にもなればスクールカーストが生まれる。 クラス内での優劣が、外見内面含め、誰に言われたかも分からぬまま評価が付けられる。 『彼、とても優しくてかっこいいけど、あの女の子くらい可愛くないときっと相手になんてしてもらえない』 『あの子と仲良くしてみたいけど、うちのグループの子たちと話しているのを見たことないし、私があのグループに入れるとも思えない』 『チアリーディング部に興味があるけど、体系も自信がないし、ダンス経験もない私がやるのはハードルが高すぎる』 いつの間にか、自分の中の基準が幼少期より形成されたヒエラルキー社会に腐食され続け、自尊心や向上心を落し物のように落としていった。 「結衣、この前の試験どうだったよ!」 肌に感じる空気が乾いた寒さを運んでくる11月。 下校途中、全ての教科の結果が返ってきたテストの結果を伺ってくる涼香。 涼香とは中学時代から同じグループで気心知れた仲だ。 学力も同じくらいだったことから、同じ高校に進学。 運良くクラスも一緒で、最寄駅も一緒のため四六時中一緒にいる。 四六時中一緒と言えば、思い出すことがある。 以前観た映画の影響でチアリーディング部がかっこいいと思ったことがあった。 しかしダンス経験もなければ体系も自信がなく、映画の中で頑張っている女の子たちのように顔も可愛くないため、入部はハードルが高かった。 誰かと一緒ならば勇気も出るが、頼み綱の涼香は部活よりもアルバイトをしたいという考えだったため、自分一人で入る勇気は私にはなく、何より一緒に帰れなくなるのが嫌だったので諦めて私も帰宅部になった。 「なんとか全教科平均越えってかんじかな。涼香は?」 「赤点は免れたけど、これだと志望校は厳しいかもって感じ」 バイトの日数を減らさなきゃと、しかめ面になっている涼香。 「でも結衣とまた同じ大学行くためにも頑張らなきゃだしね!」 涼香のことは大好きだ。 でもたまに、涼香に依存して仲良くしていることで、新たなチャンスや出会いを逃しているような気がする時がある。 レールに乗っかって、何気なく生きるのは楽だ。 だけど進学目前とした今、本当にこのままでいいのかと漠然と考えることが増えた。 体育の授業。 今日は生理痛が重く、とてもじゃないけど体を動かす気になれずに見学。 今日の見学者は私の他にもう一人。 もう一人の見学者、篠崎凛。 彼女はいつも誰とも群れずに一人で読書をしたり、ヘッドフォンをして音楽を聴いて過ごしていることが多い。 黒髪ロングで目鼻立ちも良く、名前の通りに凛としている彼女は決しておとなしそうなタイプではないが、一匹狼のような言動からヒエラルキー認定は測定不能。 話すと優しく受け答えはしてくれるため苦手意識は特にないが、いつも一人でいると周りから暗いとか変わってるとか偏見の目で見られることもあるだろうに、外野の言葉は気にせずにいる彼女はやっぱりどこかスクールカーストに属している私たちとは違うようにも見える。 持ってきた小説を読み終えたようで、ページをめくる音が止まった。 見学で暇だからとはいえ、注意されるのが怖くて私だったら体育館に本来不要な小説を持ってくる度胸はないと心の中でつぶやきながら、なんとなく無言のままでいるのも微妙かと思い口を開く。 「そういえば篠崎さんってもう志望校決まった?」 「んー…私、進学はしないんだよね」 進路の話題は無難だと思い投げかけたら、思いもよらない言葉が返ってきて思わず驚いた表情をしてしまった。 「…就職?」 特に進学校というわけではないが、うちの学校は生徒のほとんどが進学をしている。 例外で家業を継ぐなどの事情もあるため、少し踏み込んで聞いてみる。 「いや、就職もしないんだけど…」 「え、結婚!?」 「ちがうちがう」 私のあまりの驚きように思わず笑っている篠崎さん。 「世界一周してみようと思って」 「へぇ!留学か。凄いね!」 「留学ではなくて。バックパッカーって分かる?」 さっきから予想もしない言葉が返ってくるせいが、驚く顔が定着してしまった。 「留学も考えたんだけど、なんていうんだろ。正直お金払って体験する留学よりも、自由に旅した方が色々な経験にもなって自分自身の成長にも繋がるかなって」 「でも女の子だとバックパッカーって危なさそう」 「確かに危険な国とかもあるけど女性のバックパッカーもたくさんいるし、実際危ないかどうかは自分の目で見てみないと分からないからね」 「上島さんはもう志望校決まったの?」 「あ、うん。県内の大学で涼香とも一緒」 「そっか、仲良いね」 今まで『これでいいのかな』と漠然に感じたことはあったが、自分の進路を恥ずかしいと思ったことがなかった。 それなのに私は今、『友達と一緒にいたいという理由で安易に大学に行くと思われそう』という被害妄想で恥ずかしい気持ちになっている。 言い方からして、決して篠崎さんは嫌味を言ったわけではない。 ただ、同じクラスメイトだというのに見据えている先があまりにも違いすぎて、いつもやる前から決めつける自分がたまらなく恥ずかしくなった。 大学進学してから行きたい就職先を探そうと思っている人は大半なのではないか。 むしろ、高校の時は『この大学に入る』というのが目標だ。 私が篠崎さんみたいにグローバル思考だったとしても、大学在学中に旅行にたくさん行こうという発想にしか繋がらない。 チャイムの音が鳴るとともに、現実世界に連れ戻される。 「上島!篠崎!」 先生の呼ぶ声が聞こえ、みんなが集まっている場所へ私と篠崎さんも駆け寄る。 人が人を動かすことはあるのだろうか。 まだ見ぬ可能性と湧き出た興味も名残惜しく、体育館をあとにする。 完
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