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宿場町で懐かしい貴方に会いました。真夏の夜。祭りの夜。手をつないだあの子は、あの世の子なのかな。立ち昇る切ない入道雲に、涙が出ました。瓦(いらか)の群れ。ここは何処だらう。人っこひとりいません。真昼の白昼夢。不思議な世界に迷い込みました。香る、古い木の匂い。古い木の家々。少しかび臭い匂いがします。花腐し。木食の乞食説法。
窓から見える海の風景。綺羅綺羅と太陽に輝いています。瓦(いらか)の群れも。鰯の背に似ています。ぎょろりと仏の目。仏様の仏壇から線香の香りがしてきて、サイダーが飲みたくなりました。ここは夏。瓶の底のビー玉が綺麗な色をしています。いしにへの鬼が来て、赤い糸を小指に巻かれました。そのままあの世につれていかれます。其処に、好いた人がいました。そんな夢のまにまに。
猫の目、烏の目。横切っていきます。標識。くねくねとあの世へ指差しながら、おじさんが女の子を誘拐してゆく看板。カルピスの黒い肌。チオビタの眠そうなお父さん。ぜんぶ錆びた看板。トタンの家、ところどころ、剥げかかった笑顔のアイドル。蛇行する道の末には、あの世があると思っていたのに、綺羅綺羅と輝く海に出ました。
縁日、仏縁、供養の秘。荼毘の秘法は、反魂香のくゆる煙に、並べた骨がけたけたと笑いだす。ここはどこぞかのお寺の秘密の部屋。秘密の電話番号をかけたら住職が、亡くなった人を蘇らせてやろうというのです。ご住職、と声をかけたらお坊様が「殊勝なことだ、お前は生きていていい」と言って、化物に姿を変えて私を飲み込んでしまった。目が覚める。ちゃぶ台の上の抜けた歯。すべては真夏の夢。
海辺の宿場町。いらかの群れに、立ち昇る入道雲。夏の切なさに、胸が押しつぶされそうになる。街道沿いは、懐古と切なさの申し子。つぶれそうな胸を押さえながら、雨宿り。かもめも雨宿り。温かな、雨が、独りの孤独を、寂しさを溶かしてゆく。
宿場町は、今日も夢を見る。亡くなった人の魂の夢。魂魄。白昼夢。刹那。宵の間際。熱い血潮に、冷えたサイダーとのっぺらぼう。切なさと懐古は、いつだって隣り合わせで、僕を励ましてくれる。夏の夕べ。連れて行って、しまうよ、ねえ、君、その小指の赤い糸。あの世に続いている。
抜けた歯が、戸棚に隠してある。すりガラス越しに、狐の置物が見える。四辻の隅の方に、二股の猫が目を光らせている。それらはすべて、夏の魔物。君を狙っているんだ。気を付けたまえよ。六方塞ぎ十方闇。一寸先は、闇だから。宿場町の、掟。
水面の花びら、堕ちてゆく。夢。着物の帯が、赤い。赤い鳥は、法師の火渡り。炎の中に、亡くなった人が見えます。悲しくなるほど、夏。人が死にました。悲しいことがありました。街道沿いは、そんな想いも、綯いようしてゆく。あざなう。人々の心を、あ、いま、黒猫が道をよぎりました。不吉な黒い影、のっぺらぼう。
夢のまにまに。夢の彼岸。そろそろ、迎え火の季節ですね。川で、蛍が舞っています。夏は、生き物の匂いと、花火の匂いと、死臭がします。恐ろしい連続殺人と、戦争がありました。空を見上げると、B29が、南へ向かって飛んで行きます。シオカラトンボ。川岸に、着物姿の幽霊。すべて、夢、ゆめ。
完結
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