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お婆さんは私の腕を掴んだまま、先ほどと同じトーンで繰り返した。爪の小さい指先が指さしている方を見ると、たしかに私の定期入れが落ちている。私はハッとして薄ピンクのそれを拾い上げた。
「あ、すみませんありがとうございます」
慌ててお礼を言うと、表情を変えないままゆっくりと軽く会釈をされた。私を見ているような、私の奥を見ているような、感情の読み取れない視線。なぜだか不気味さは感じなかったが、不思議な人だな、という印象が残っていた。
「それ、落としもの婆さんだよ」
私の引越し祝いだと言って、高そうなシャンパンを持ってうちに来たユウタにその日のことを話すと、驚きもせずに即答された。ユウタとは大学も職場も一緒で、もう七年の付き合いになる。お互い異性だと気にしないくらいに仲のいい親友。ということになっている、私の片想いの相手だ。
「有名な人なの?」
「有名っていうか、まあ、山手線をよく使う人ならならだいたい知ってるかな。いつも山手線のどこかに乗ってるから」
「へえ……」
「でもホームレスってわけではなさそうなんだよね、服とか髪とか、いつも綺麗だし」
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