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”落としもの婆さん”
そう呼ばれている人物を私が初めて目にしたのは、東京に越してきてすぐのことだった。
初任で縁もゆかりもない地方に配属されてから三年。入社当時から希望していた部署への異動がやっと決まって喜んだはいいものの、前任の先輩に仕事の引き継ぎをされたその日から超がつくほど多忙な生活がはじまった。たしかちょうどその日も、ギリギリまで残業をした後急いで飛び乗った最終の山手線で揺られていた。終電だというのに座れないほど人が乗っているのは、さすが大都会東京といったところか。
最寄駅の名前がアナウンスされ、バキバキの腰とクタクタな足を引きずってドアの方に数歩歩いた瞬間、ふいに腕を掴まれた。普段なら小さく悲鳴をあげていたかもしれない。でもその時は疲れのせいか、やたらと落ち着き払って振り返ったように思う。
「落としものですよ」
振り向くと、小柄な初老の女性がいた。162センチの私より頭一つ分ほど小さかったから、身長は140センチ弱ほどだろうか。薄い笑みが張り付いたような丸顔に、ひっつめ髪、それとえんじ色のスカーフ。ちらりとお地蔵さんを連想したのを覚えている。
「落としものです」
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