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 登校日が重なるときは、絵美さんと同じ電車に乗り合わせるようにした。性格もさっぱりしていて、低音の声は柔らかく心地よい。「由香ちゃん」とわたしの名を呼んでくれるそれだけで幸せ。  授業の終わる時間が同じときは、校内のサークルに顔を出したり、カフェに寄ったりした。ときにはお互いの友だちも一緒だった。どの場面でも先輩風を吹かせない絵美さんと過ごす時間は平和に満ちている。    ある日、絵美さんはわたしに言った。 「ピアノをまたはじめようかな」 「絵美さんもピアノを弾くの? わたしもよ」 「知っている。学校の掲示板に記事があったから、実は名前は知っていたの。その唐沢由香さんとお友達になれるとはびっくりよ」 「え、じゃあ絵美さんもコンクールに出ていたの?」 「いいえ。まさか。中学校で部活漬けになってピアノと離れてしまったわ」 「そうなのですね……良かったら同じ教室に通いませんか?」 「え、あなたと同じ先生につくなんて無理でしょう」 「コンクールに出るのをやめて緩やかにやっているの。先生を変えて」 「そう! じゃお願いしようかな」 「『サロンF』という名前なのです。Fはフレデリック。フレデリック・フランソワ・」 「ショパンね」  深くうなずくわたしに、彼女は突然抱きついた。 「ショパン大好き! 大好きなショパンのイニシャルがついているなんて感激だわ」 こんなに大喜びされるとは驚きであると同時に、わたしはぴょんぴょん跳ね回りたくなった。  学校も同じ、ピアノレッスン先も同じでわたしたちはより近しい存在になった。その夜、天窓から夜空を眺めつつ、神様に御礼申し上げた。
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