体育祭

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「という事で華麗に復活した鈴木会長に拍手」 「おぉ〜、良かったぁ、心配したんだぞぉ」 「何や復活したんかワレ」「まぁ正直予想はしてたよねぇ〜」「さすがりつくん! ゴ……cockroachみたいにtoughな会長は違うね!!」 「よーし殴る深山以外殴る。まずは渡川だ歯ぁ食いしばれ!!」 帰国子女キャラをつけたところで純日本人なのはめちゃくちゃわかってるし、何ならゴキブリを英語で言ったところでゴキブリである。首席だぞ俺は。 信じられないほど素早い動きで渡川を四の字固めにしている俺をよそに、興味を失ったらしい生徒たちはぱらぱらと軽く拍手をした後すぐ次の競技なんだったっけーなどと言い合いつつ戻っていった。 え? マジでふざけるなよお前ら……。 「今回はマジで死ぬかと思ったってのに……」 「りつくんはここぞというときにすぐ生き返るからね。信用だよしんよあいででででいやこれマジでマズッ」 「馬鹿野郎が……」 渡川をキュッと優しく眠らせると素早く応急処置を行い、何人かから椅子を強奪してテントの日陰で並べた椅子に寝かせる。ブーブー文句言うなナード共。 「うわ、律がしづくんにDVしてる〜」 「失礼なこと言うな矢口。俺が悪いみたいだろうが」 「ヨンロクで律が悪いよ〜?」 「四は渡川が悪いと思ってんだな」 雉も鳴かずば撃たれまい、だよ〜などと渡川が聞けば泣く残酷さを発揮し矢口がとととっと駆け寄ってきた。なんだかんだ心配はしていたのか、軽く頭を叩かれる。 「痛い」 「文句言わないの〜。なになに、愛し子くんが心配してたからねぇ〜。その分だよぉ」 「いとしごって……」 矢口は人の名前は覚えないのだが、佐々波相手以外わりと誰を指しているのかわかりやすい。彼が『愛し子』と名付けているのは皇である。何しろ、こいつは俺を主語にして語るので。 それ恥ずかしいからやめろよ、なんてわちゃわちゃ言っていたら、おーいと手を振りながらカツラとメガネをしっかり装備した正也が駆けてくる。 「お、正也じゃん」 「あ〜、ほんとだねぇ」 「そういえば、正也くんもいなかったんだなぁ。腹痛か何かかぁ?」 心配したぞぉとのんびり言う、近い席に座っていた深山。うんまぁそんなもんと誤魔化しつつ俺も矢口と同様正也に手を振り返し、俺は深山の隣、その俺の隣に矢口が座った。 「はー、はぁっ。このグラウンド、というか校内異様に広いぞ! グラウンドの近くに保健室がないのはどうかと思うんだが!」 「おぉ、おかえりだぞぉ。おいも移動の時は一苦労だなぁ〜」 「律は置いていくしな! よくないぞ、不義理は!」 「律は敷地内の移動、なぜか早いからねぇ〜」 「ごめんって」 生徒会長という役柄ゆえ……という訳でもなく、単純に探検好きのサガに生徒会長の権限をプラスし、秘密裏に学校内の施設とか裏道とか仕掛け扉とかの地図をコツコツ製作した結果敷地の把握が完璧になってしまった結果がこれだ。 ちなみにちょっと知ってたら学校の偉くて怖い人に呼び出しを喰らう場所とかも行ってしまったので秘密である。なんだこの学校。 「やっぱほら、生徒会長だし〜……わはは……」 (なんか隠したな……) (なんか隠したねぇ〜) 訝しげな視線を向けてくる矢口と正也だが、その隣では深山がきらきらとしたつぶらな目を向けてきていた。深山は見た目強面でなんだかとっても人とか食べそうだけれど、生徒会の可愛さと癒しを一手に担う優しい男なのだ。 「へぇ〜……鈴木くんは凄いんだなぁ!」 「ははは、まぁな……」 罪悪感という名の化け物を殺しつつ、そんな風にわちゃわちゃと会話をしていると。 「だーれだっ!」 「うわっ!」 ふっ、と視界が暗くなり周囲がざわついた。……あぁ、そういえば体育祭。休憩時間にはもちろん『観覧者もこっちに来ていい』んだったな…… 後ろから香るカモミールの匂いに頬を緩めて、目元を覆う白魚のような柔らかい手を優しく握り下ろした。 「驚くから、急にそういうことするなよ──つぐみちゃん」 「あら、うふふ! ごめんなさいね、律くん!」 ふんわりとカールした薄茶の長い髪。お嬢さま然とした上品な白いワンピースは肩が出るデザインで、女の子らしい細腕が陽の光に照らされている。真っ白で陶磁器みたいな肌が焼けないか心配だ。 大きなつば広帽子を被った、天使のように可愛らしい女の子はつぐみ──本名を明宮(あけのみや)つぐみという。 つぐみちゃんは天使のように笑んで、夏風に揺られる長い髪をそっと押さえ小首を傾げた。可憐だ…… 「とってもかっこよかったわ! 流石は私のヒーローね!」 「んえ……なに、覚えてたの。恥ずかしいなぁ……」 「あらどうして? 忘れるわけがないじゃない。私、とっても嬉しかったのよ!」 くるくると表情を変える子供のように無邪気な女の子だけれど、俺と同い年であり──小学校時代、初恋を捧げた女の子である。ちなみに昔からこんな感じだ。可愛い。 「……ね、ねぇ律」 「ん?」 とんとん、と肩が叩かれる。隣を向けばおずおずと矢口が困ったように首を傾げた。 「あの……どなた?」 「ん?」 「あら?」 そういえば静かだな、と思い周囲を見回す。と。 「お、お前ら……」 なんとまぁ。全員頬を染めて黙ってしまっていた。 情けないな、歴戦の三年が聞いて呆れる。しかし原因はわからんでもないので、ため息。 「ちょっと……ごめんねつぐみちゃん。これ着ててくれる?」 「? わかったわ!」 砂をはたいて出来るだけ落とし、何かのためにと持ってきていたジャージを羽織らせる。目に眩しい白肌が隠れ、真っ白な彼女の服装に不似合いな紺のジャージが天使のようだった少女を親しみやすい印象にした。 「あ、あの……お、おおれ、リツクンのお友達です! お、お嬢ちゃんは──?」 お嬢ちゃんて。 砂のついたジャージを羽織らせられようとお姫様のご機嫌は良いようで──まぁ、彼女は基本悪意のない天使みたいな子なので、このくらいで機嫌を損ねることはないが──ようやくたじたじしつつ話しかけに来た割と気持ちの悪い生徒にも嫌な顔ひとつせず挨拶をする。 「わたくしは明宮つぐみと申しますわ! 律くんとは──ふふ、婚約者、というものかしら!」 「──え?」
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