体育祭

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生徒を裏切り可愛い女の子とリア充している律が制裁されかけている、その少し前。 皇瑞穂はあくびを噛み殺し、ほとんど誰もいない王族クラスのテントで暇を潰していた。 (暇だ……) 現在は色々と競技もひと段落し、水分補給と点数計算、あとお弁当の時間──つまり、昼休憩の時間であった。 皇が入学して以降、行事に参加しなくなった両親は当然のように体育祭には来ていない。弁当も渡されだけれど味気なく、なぜだか食べる気にもなれない。 そんな訳で、腹をぐぅぐぅ鳴らし一人でボーッとしている皇だったのだが── 「……ん?」 わぁんわぁん、と子供の鳴き声が聞こえ、意識を浮上させる。 そういえば体育祭だし、保護者や生徒の弟妹も遊びに来るっつってたな。そんな思考に辿り着き、キョロキョロと視線を彷徨わせると。 「……あ」 声が出た。 視線の先にいたのは、見覚えのある気がする女性と、知らない子供。 「あぁ、どうしようどうしよう。泣き止んでよぅ……だ、ダメかなぁ?」 「や!!」 「あわわ……」 黒髪のストレートを後ろで結び、動きやすそうな格好をしたスーツの女性。少し頼りない、地味な印象を受ける。何か、なんかすごく、見覚えがあるような…… 「あんた、どうしたん……です、か」 「──へ?」 立ち上がり声をかける瞬間、知らない人には敬語を使えとしつこく言ってきた先達の顔が浮かぶ。 下手くそな敬語にパッと顔を上げた彼女は、近づいて来た皇を見て生徒の方ですかとふんわりと微笑した。 「えぇと、この子が迷子らしくて……お兄ちゃんがいないっていうから探してたら、お腹すいちゃったみたいで……」 「……なるほどな」 しゃがみ込んでいる女性の隣を見れば、わぁわぁと泣きわめいてる幼い子供。 子供らしく柔らかい髪の毛は薄いプラチナブロンドをしていて、可愛らしい女の子用の子供服に身を包んだ身体と、ちぎりパンみたいにぷくぷくとした腕も相まって皇から見ても愛らしい。 皇自身もしゃがみ込み、軽く頭を撫でる。ぎこちない手つきで二、三ほど小さい頭を往復すれば、新しい人間の姿を認めた子供がぐずぐずと鼻を啜ってこちらを見上げてきた。 ──たしか、茱萸木にはいつもこうやって泣いて勝ちを譲ってもらったっけな。 幼少期の苦い思い出が蘇りつつも、その頃の茱萸木を参考にして笑みを作る。 「レディ、お名前は?」 少女の瞳が見開かれ、泣きあとで赤かった頬が別の意味でリンゴのように真っ赤になる。隣で見ていた女性が感嘆のため息を吐いたのに皇は気がつかない。 その瞬間。 「……ゆきしろ」 「は?」 幼い子供は、あの悪魔と同じ苗字をつぶやいた。 あの──律を傷つけて、奪い去ろうとする悪魔と。 「ゆきしろ、つむぎ……つむぎね、にに、さがしてるの……」 皇の目の前は真っ赤になった。
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