体育祭

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さて。 次の競技である。 つまり、昼休み終わった最初の競技である。 「いやいやいやいや」 「似合ってるぞ」 「いやいやいやいや!」 最初あたり、俺の個人競技がイロモノしかなかったのはわかってる。いつかは女装しなきゃいけないのも知っている。 でも── 「これは無いって!!」 ヒラヒラスカートは空の色。 胸元で結んだリボンは海の色で、夏の太陽には水兵らしい白い制服がよく似合う。 爽やかマリンルックのミニスカートからチラチラ見える、太ももの日焼けあとは目に眩しくて── しっかりついた男らしい筋肉が、肩出しセーラー服に地獄のようなデバフを追加し、ターンエンドである。 「なんで肩出しなんだよ女装で!! 地獄だろ!!」 「我儘言うなって。似合ってるよ」 「眼科行け! 自分だけいいやつ選びやがって……」 シャラリと豪奢な冠が揺れ、草壁が首を傾げる。 楽しげに緩んだ目元には鮮やかな朱がさしてあり、どこか女性的というか艶やかで、パチンと閉じ口元にやった鉄扇には細かな装飾が施されていた。 「てかそれ重くないの?」 「クッッソ重い」 草壁の女装は──もうここまでくると舞台衣装のようでもあるが──精巧に作られた十二単である。 季節感に合わせる暇はなかったのか雪ノ下と呼ばれる襲の色をしていて、金の冠に合わないブロックカラーの鉢巻はどうやら打掛の中に仕舞っているらしい。 紅をさした薄い口元が気難しそうに歪み、ウィッグであろうたっぷりとした長い黒髪を優雅に弄りつつ細やかなため息を零す草壁は、文句なしに美しく、艶やかである。 「あっついし重いしなんかもう帰りたくなってきた……」 「全てが台無しだよお前のイケボでよ」 「えっ何照れるんだけど〜」 「今は褒めとらんわ」 ──言葉を発しさえしなければ。 声が低い。顔だけはどこかの女王様かのように整っているというのに、見た目だけは最高に完璧だというのに、声が低すぎる。 うんざりとため息を零すと、選手待機用のテントに続々と参加者が集ってきた。 草壁と俺は仕事もあり他の人より早く着替えていたのだ。無駄話しつつ得点を書き留めチェックしていた原稿を放送に返し、選手の先導を始める。 「はーいお前ら並べ〜……うわっ」 いやはや。地獄だった。 カッと照りつける太陽にテラテラと輝く男どもの筋肉。学年ごとのクラスごとで二人ずつ選ばれるので、庶民クラスからも俺以外に一人出てきているのだが── 「み、深山……」 「何も……聞かないでほしいんだぞぉ……」 適度に健康的に日焼けした肌は多分野生の熊くらいならやれそうだと確信させるほど筋骨隆々としている。平均より少し筋肉はついている自覚のある俺ですら深山の手であればあっさり腰を覆えてしまうだろうというほどの大男。 そんな男は、バニーだった。 黒いウサギさんである。光をとても吸収しそうだ。 網タイツもしていた。ムッチムチである。 「…………なんか…………需要は……あると……思うぞ……」 「嬉しくないぞぉ……」 ごめんな……と素直に思う。ずるずると単を引き摺りながら歩いてきた草壁も、何も言えることはないのか目を逸らしていた。 いや、違うんだ深山。俺はな、その姿が地獄だから何も言えないんじゃないんだ──いやまぁちょっとそれもあるけど── 深山越しにそっと、選手待機用テント近くの木陰を見る。 「きれいです深山先輩──ハッいけないいけない僕としたところが、ファンクラブのみんなにもこの感動と美しさを伝えなければ──あぁでもダメ、深山先輩の流麗な筋肉の動き一つ見逃したくない自分がいる! あぁ、僕ったら悪い子! 叱ってください深山先輩……♡」 気持ち悪いのがいた。 いや、その、見た目ではない。むしろ見た目自体は大変可愛らしく、そのルックスから人望と注目を集めているほどの子なのだ。 木陰に潜みはぁはぁと息を荒げて深山を見る変態こと、橘祐介。保健副委員長であり深山直属のへんた──後輩である。 「もうなんか……もう嫌だな……」 「やめろって。一応アレでも後輩なんだから」 「? どうしたんだぁ二人とも? 体調、悪いのかぁ?」 「ウウンなんでもないの深山くん……お前はずっとそのままでいてね……」 盗撮紛い、というかもはや見抜きのような行為をされているのにも関わらず気付かないで俺たちを心配する深山は天使だった。バニーだけど。 橘くんはアレでいて成績優秀で品行方正──だった。うん。だった。 近づいてくる人間全てが自分の見た目目当て、体目当てであるのに疲れ、人間嫌いであった彼は、この深山の優しさと純朴さに見事にやられ──可笑しくなってしまったのである。優しさって時に凶器になるんだね。 そんな地獄に、さらに変態が投下される。 「よ、よォ律。似合ってんじゃねぇか……そのヒール」 「何でお前の出番今なんだよ!!」 お分かりだと思うが神宮寺である。ちなみにこの競技、参加者はピンヒールか高下駄を支給されるのでこいつも同じものを履いているし何なら深山も履いてる。 チャイナドレスである。 上品な酒で酔わされたみたいにくらくらするほど色気のある低い声が、夜の甘さを纏って耳を貫く。 襟足の長い黒髪はあえていじらずそのままに、素の色気を活かし、しかし肩幅は誤魔化しつつ体の線を出すシックな黒いチャイナドレスがくびれの曲線を覆っていた。 スリットから出た足には薄手の黒タイツ。ピンヒールの赤と悔しくもよくあっていて、筋肉が目立ち明らかに女装だとわかる姿で──だからこそむんとした色気を纏っている。 「うわぁ……(草壁)」 「何で俺だけ美少女戦士なん?(俺)」 「おぉ……流石だなぁ、よく似合ってるぞぉ!(深山)」 一人だけ“そういうお店”感の強い神宮寺にドン引きしていると、その俺の視線に興奮したのか神宮寺の顔にぽっと朱がさす。いや、今その状況でその顔はアレなんだよな…… 「女装っつーの聞いた時ゃ、何つー馬鹿なとは思ってたんだが──悪く、ないな……♡」 「聞いたか美少女戦士」 「十二単を着た悪魔はだまってろ」 草壁と神宮寺、同じクラスなだけあり流石はどちらも似合っているが──何というか、声と見た目にギャップのありすぎる草壁よりかは神宮寺の方がしっくりくるというか、今のところダントツだな…… 「お兄ちゃんっ!」 「なっ──」 どんっ、と背中に衝撃。 「あ、ちょっと朱音早いって〜……あーっ、律くんとセンパイたちだーっ! やっほー!」 遅れてきた天使の声。 振り向くと──楽園が、そこにあった
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