正夢

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「頭を下げて……ヘッドダウン! 頭を下げて、ヘッドダウン!」 授業で習ったのだろう。 恐怖で引きつった新米乗務員が、マニュアル通りの対応をとっている。 何故ベテラン乗務員も一緒じゃないんだ! 「これより当機は、海上へ不時着致します」 もうどちらが上なのか分からない。 一瞬、空と海どちらのものか分からない青色が窓に映った。そして——。 「うわあああああ!」 体に絡まったシートベルトで藻掻く竹村。 「総理! 総理!」 七三分けが通路を挟んで心配そうな顔をしている。 「……大丈夫ですか?」 「黒兎はどこだ!?」 「落ち着いてくださいよ総理。本当にどうしたんですか?」 鼻息を荒くしていた竹村は、七三分けののっぺりとした顔を見て、ここは現実だと落ち着きを取り戻した。 「あ、ああ……」 夢か……。 夢だったのか……。 嫌な汗をかいた。 会談前に、一度着替えておかないと。 と、客室乗務員が毛布を持ってきた。 「これは頼んでない。私は今とても暑いんだ」 「そうですか……。あのー竹村総理」 「なんだ」 「……えと、お初にお目にかかれて光栄です。実は私、今日が初フライトで……」 「なんだと!」 竹村の怒声に、新米の客室乗務員が縮みあがる。 こいつはさっき見た夢と似たようなことを喋っている。 「総理、どうかされました? 新米の客室乗務員なんて、珍しくないじゃありませんか」 傷跡の側近が俺に声を掛けた。 「あ、いや。何でもない」 毛布をひったくり、そのまま膝にかける。 竹村はひじ掛けに頬杖をつき、冷静になろうとした。 「大丈夫。あれは夢だ。今はこうしてちゃんと生きている」 「準備はいいか?」 「はい、いつでもいけます!」 「いくぞ……3、2、1…………!」 「…………えー、ただいま、竹村総理大臣の乗ったプライベートジェット機が、イギリス海峡へ不時着したとの情報が入りました。 救出時、竹村総理大臣他2名の側近とも死亡が確認され、現在——」 海上に揺られるプライベートジェット機の様子がテレビに映し出されている。 電気屋のショーウィンドウに置いてあるテレビへ群がる人々の後ろには、サングラスをかけた2人の男の陰が。 「いやぁ、作戦は大成功だったな」 「そうだな。 夢神様の噂を流すことから始めて、その後ずーっと待たなきゃならなかったんだし。 強気な竹村が首相になってからは気が気じゃなかったよ」 「ああ。 我らが開発した生物兵器『YUMEGAMI KAGUYA(夢神かぐや)』は、体に取り込んだ糖分によって幻覚作用のある香りを発生させる。 毎度毎度、違う日本人がやって来る度に歯痒さを感じたものだよ。 だがこれで、日本は偉大な指導者を失った。 我が国ロシアの日本領土侵攻計画はこれから始まるだろう」
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