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新米の客室乗務員が毛布をもってきてくれた。
頼んだ覚えはないのだが、とりあえず受け取っておく。
「竹村総理。お初にお目にかかれて光栄です。私、今日が初フライトで……緊張してますけど、頑張ります!」
「新人さんか。先輩はいないのかな?」
「はい。プライベートジェット機はそこまで大きくないし、一人前になる客室乗務員の登竜門だと思って頑張ってこいって、応援を頂きました」
「そうかそうか。君のような若い人が、これから日本を元気にしていってくれ」
「はい!」
なんとも素直で明るい子だろうか。
初フライトが総理大臣のプライベートジェット機とは、両親もさぞかし鼻が高いだろうと思いながら、ぼーっと窓の外を眺めた。
飛行機の右翼で雲が千切れ、後ろへ流されていくのを見ていて、少し眠たくなってきた。
ふわーと欠伸をする。
機内の飛行音が心地良く、だんだんと下がっていく瞼。
「総理! 総理!」
突如、側近の七三分けが大声で叫んだ。
「っ! どうした!」
「黒兎が窓ガラスに張り付いています!」
窓ガラスへ視線を逸らすと、確かに黒兎がくっついている。
しかもぬいぐるみだ。
「これは……夢神様の家にいた黒兎じゃないですか!」
額に傷跡のある男が悲鳴を上げた。
竹村は思わず気味が悪くなり、その場から一歩下がる。
少しずつだが、黒兎の体がむくむくと大きくなっていく。
「まもなく、本機はパリ・シャルル・ド・ゴール空港へ着陸致します。座席にご着席のうえ、シートベルトをお締めください。」
艦内アナウンスが流れている。
しかし今はそれどころではない。
近くに居た新米の客室乗務員をとっ捕まえ、早口で捲し立てた。
「おい! この飛行機には巨大な黒兎が張り付いている! 早くどけないと飛行機が墜落してしまうぞ!」
「え……何を言っているんでしょうか……?」
「だから! 黒兎だよ!」
「黒兎なんてどこにもいませんが……着陸しますので、ご着席ください」
3人とも狐に包まれたような顔で、互いに見つめ合った。
「いや、居るだろうここに」
「どこです?」
「だからここだよ!」
窓ガラスを突き破るほど指を押し付けて説明するが、客室乗務員は「はぁ」と言って、自分の座席へさっさと座ってしまった。
おいおい、自分だけ先に安全を確保してどうする。
私は総理大臣だぞ!
黒兎の全体像はもう窓から確認できなくなっている。
3つ目の窓へ黒兎の尻尾が届いた時、機体が大きくひっくり返り、竹村は天井に打ち付けられた。
後ろの方でガシャーンとガラス類が割れる音がする。
飛行機は回転しながら地上へ急降下していった。
酸素マスクが出てきたが、それを付けたところで助かる見込みはない。
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