正夢

6/7
前へ
/7ページ
次へ
新米の客室乗務員が毛布をもってきてくれた。 頼んだ覚えはないのだが、とりあえず受け取っておく。 「竹村総理。お初にお目にかかれて光栄です。私、今日が初フライトで……緊張してますけど、頑張ります!」 「新人さんか。先輩はいないのかな?」 「はい。プライベートジェット機はそこまで大きくないし、一人前になる客室乗務員の登竜門だと思って頑張ってこいって、応援を頂きました」 「そうかそうか。君のような若い人が、これから日本を元気にしていってくれ」 「はい!」 なんとも素直で明るい子だろうか。 初フライトが総理大臣のプライベートジェット機とは、両親もさぞかし鼻が高いだろうと思いながら、ぼーっと窓の外を眺めた。 飛行機の右翼で雲が千切れ、後ろへ流されていくのを見ていて、少し眠たくなってきた。 ふわーと欠伸をする。 機内の飛行音が心地良く、だんだんと下がっていく瞼。 「総理! 総理!」 突如、側近の七三分けが大声で叫んだ。 「っ! どうした!」 「黒兎が窓ガラスに張り付いています!」 窓ガラスへ視線を逸らすと、確かに黒兎がくっついている。 しかもぬいぐるみだ。 「これは……夢神様の家にいた黒兎じゃないですか!」 額に傷跡のある男が悲鳴を上げた。 竹村は思わず気味が悪くなり、その場から一歩下がる。 少しずつだが、黒兎の体がむくむくと大きくなっていく。 「まもなく、本機はパリ・シャルル・ド・ゴール空港へ着陸致します。座席にご着席のうえ、シートベルトをお締めください。」 艦内アナウンスが流れている。 しかし今はそれどころではない。 近くに居た新米の客室乗務員をとっ捕まえ、早口で捲し立てた。 「おい! この飛行機には巨大な黒兎が張り付いている! 早くどけないと飛行機が墜落してしまうぞ!」 「え……何を言っているんでしょうか……?」 「だから! 黒兎だよ!」 「黒兎なんてどこにもいませんが……着陸しますので、ご着席ください」 3人とも狐に包まれたような顔で、互いに見つめ合った。 「いや、居るだろうここに」 「どこです?」 「だからここだよ!」 窓ガラスを突き破るほど指を押し付けて説明するが、客室乗務員は「はぁ」と言って、自分の座席へさっさと座ってしまった。 おいおい、自分だけ先に安全を確保してどうする。 私は総理大臣だぞ! 黒兎の全体像はもう窓から確認できなくなっている。 3つ目の窓へ黒兎の尻尾が届いた時、機体が大きくひっくり返り、竹村は天井に打ち付けられた。 後ろの方でガシャーンとガラス類が割れる音がする。 飛行機は回転しながら地上へ急降下していった。 酸素マスクが出てきたが、それを付けたところで助かる見込みはない。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加