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次の日目を覚ますと、マサヤは本当に出ていってしまってた。彼の荷物も調理器具も何もかも、きれいさっぱりなくなってる。
がらんとしたキッチンを見て涙が溢れてきたけど、泣いても泣いても状況は変わらなくって、マサヤがどこに行ったのかもわからなくって、私に残されたのは、12キロの脂肪だけ。悲しくて悔しくてどうしようもないけど、本当にどうしようもないから、ノロノロと仕事にいく準備をして家を出た。
クセで一駅歩きながら会社に行って、ボーッとしたまま仕事も手に付かず、ときどき涙が出ちゃって周りが心配してくれて、その日は少し早く帰らせてもらった。
何も考えず一駅手前で降りて、ふらふらと歩く。ふと、私、なんで歩いてるんだろ、って思ったら、何だか笑えてきて、親子連れが談笑する公園の真ん中でしゃがみこみ、涙が出なくなるまで泣き続けた。
気づくと辺りは暗くなってて、人もみんないなくなってた。慌てて私も立ち上がって歩き出す。歩き出して人通りの多い通りに出てホッとしたとき、人波の向こうに、マサヤが歩いてるのが見えた。
「マサヤ…ッ!」
声をかけようとして、気づく。マサヤはひとりじゃなかった。細くて小さくて髪の毛がツヤツヤで、顔は普通だけどクリッとした目が印象的な、言ってみれば、痩せてた頃の私にそっくりな女の子。その子がマサヤの腕に自分の腕を巻き付けて、ニコニコしながら彼を見上げて歩いてた。
…。ふーん。そういうこと。そういうことだったんだ。ふーん。ふーん。へー。マサヤ、やるじゃん。浮気するなんて、甲斐性あるじゃん。なかなかなもんじゃん。
………って、ちょっと待てーい!!
何なになに?! 私にさんざん言っておいて、自分は浮気?! はあ?! ふざけるな!!
太ったからとかって、無理とか言っといて、そんで自分はちゃっかり新しいイケニエ見つけてたってワケ?!
その女の子だってねえ?! あんたと付き合ってしばらくしたら、私みたいに10キロや12キロ、あっという間に太っちゃうんだからね!! そーやってデレデレしてられんのも今だけなんだからね!! あーあ!! あーあ! あーあ。あー、むかつく。やってらんない。なんだそれ。
すっかりやさぐれた気分で、私はふたりに背を向け自分の部屋へと駆け足で帰った。
こういうときはお酒だよね。マサヤと付き合ってからすっかり離れちゃったから、家にいお酒ないかもだけど、何かあったような気もするしっ。
キッチンをガサゴソ探ってると、手がやっと届くくらいの高さの棚から、何かが転がり落ちてきて私の頭にコツンと当たった。
「痛…っ。何…?」
落ちてきたそれを拾ってみると、バニラエッセンスの小瓶だった。マサヤ、大事なもの忘れてってるよ…。苦笑しながら何気なく蓋を開けて香りを嗅ぐと、モヤモヤッとした煙が大量にあふれ出してきて、それと一緒にニュニュニュニュッと大きな何かが飛び出してきた。
「呼ばれて飛び出てバニララーン♪」
煙と一緒に飛び出してきた何かが、どこかで聞いたことのある節回しで言う。
「え? 何?!」
びっくりして腰が抜けた私を見下ろしながら、その何かはうーん、と伸びをして、
「おおー、外界じゃ外界じゃー。快適快適♪」
とご満悦。
「ええと…、誰?」
なんとか言葉を紡ぎ出すと、そいつは生クリームみたいに真っ白でモコモコの腕を組んみながら答える。
「ワシはバニラ魔神じゃ。外に出してくれたこと、礼を言うぞ、女」
えええ…。バニラ魔神って…。
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