ビターな彼とバニラな魔神

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 呆気に取られて言葉を失ってる私にかまわず、そのバニラ魔神はにやにやしながら続けて言う。 「どうした女。願い事は言わんのか」 「願い事?」  どういうこと? 私、バニラ魔神とは縁も所縁もないんだけど。っていうか、なんでバニラエッセンスから魔神が出てくるわけ? 「ちょっと待って。あの、バニラ魔神さん? とは、初対面よね? なんでうちのバニラエッセンスから出てきたりしたわけ?」  疑問をぶつけると、バニラ魔神は「ふーん」と鼻を鳴らして教えてくれた。 「3年間使われなかったバニラエッセンスにはな、ワシのような魔神が宿るんじゃよ。お主、そうとう菓子作りをサボっていたな」 「お菓子作りしてたのは私じゃないもん!」  思わず言い返してしまう。でもバニラ魔神は気にした風もなく、 「ワシの入っていたバニラエッセンスが3年以上使われていなかったことには間違いないじゃろう?」 となんだか自慢げ。いや、そこ、バニラ魔神が自慢するとこじゃないと思うけど。 「まあ、そんな訳で、3年以上ぶりに外界に出してくれたお礼じゃ。お主の願い事をひとつ叶えてしんぜよう」  ドーン、と腰に手を当ててバニラ魔神が言う。  こんな胡散臭いヤツに叶えられる願い事があるとは思えない。だったら思いっきり贅沢な願い事してやる! 「ボンキュッボン! なナイスなバディと足を今より7センチ長くして!」 「願い事がひとつ多いようじゃが」  ごほん、とひとつ咳払いをすると、バニラ魔神は両手を広げた。開かれた手のひらから、モコモコモコモコと生クリームが湧き出てくる。 「ちょ、ちょっと! 生クリームは出さないでよ―!!」 「バニラアンドバナーナアイスクリーム!!」  もわん。  バニラ魔神の掛け声と共に、私の体は生クリームに覆われた。 「いやー!! これ以上甘い物はイヤ―!!」  必死で生クリームをかき分けるけど、モコモコ次々出てくる生クリームが私の口や鼻や目や耳にべっとりと絡みつく。 「いやー!! いやー!! いやー!! たーすーけーてー!!」 「ほい。どうじゃ。足の長さはちと失敗したが、上出来じゃぞ」  その声に、恐る恐る目を開けてみると、生クリームはすっかり消えていて、代わりにほっそりした手首と、いつもより少しだけ遠い床が目に入った。 「え? ええ? えええ? ちょっと待って。鏡、鏡」  急いで玄関にある全身鏡に駆け寄って、そこに映る自分を確認する。  すっきりしたあごに、なめらかなほっぺた。細い首に綺麗な鎖骨。ドーンと主張する丸い胸にキュっと締まったウエスト。後ろを向けばまあるいお尻からスラリとした両足が続く。 「わーお」  思わずアメリカ人みたいな驚き方をしてしまう。だって、こんな、嘘みたいじゃない? 願いがすっかり叶っちゃった。 「ありがとうバニラ魔神!」  振り向いてお礼を言うと、バニラ魔神は満足そうにうなづいて、 「では、ワシは行くぞ。甘い人生を送るんじゃぞ、女」 と換気扇からしゅるるる、っと外へ出ていって消えてしまった。  うわーうわーうわー。すっごい。私、痩せてた頃より可愛いじゃん。うわー。  関心しながら鏡の前でクルクル回る。  素敵素敵。これは本当素敵だわ。あ。いいこと思いついちゃった。  まずはお風呂に入って、この綺麗な体をもっと綺麗にしなくちゃね。うふふ。  そうして私はすっかりいい気分でシャワーを浴びて、いつもよりいい香りのボディソープで体を洗うと、ベッドに入ってぐっすりと眠った。
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