とある会社の毒舌社員

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 拝啓。皆さま最近如何お過ごしでしょうか?   私、「理由(わけ)若芽(わかめ)」はこの会社に入って早四年が経ちました。  入った当初は上手くいかず苛立ちや、ストレスも感じていました。  しかしそんなある日、転機が私にやってきます。  それは異動です。  私のような人材がうってつけ、と上司から半ば強引に押し付けられたのですが、これが本当に素晴らしい部署でした。自分で言うのもなんですが、天職です。人生、意外と分からないものですね。その部署とは。  ”死刑宣告科(クビです)”  他の社員からは「処刑室」「懺悔部屋」「尋問室」なんて呼ばれています。実際、それよりもひどいんですけどね。  私のここでの事務は、その日クビになった人間の、汚ったない言い訳を取り合えず聞いた後、きれいさっぱり跡形もなく、未練の無いようにやめていただけるようにするのが私の仕事です。これが本当に楽でいいんですよ。  この部署に入るや否や、私の成績は毎回トップ。どんな人でも納得してやめていただけています。  社長からも。    ”――君みたいな人間を悪魔と呼ぶんだろうね”  なんてお墨付きもいただいております。  実はこの部署には私の他に十名ほど在籍していたのですが、皆さんどうやら精神的ストレスや、うつ病などにかかってしまい、次々と仕事を辞めるか部署を異動するかされて、今は私ともう一人だけ。  今日はどうやら一人クビになるらしいので、今か、今かと心待ちにしております。  時刻は午後三時。  私はクビになる人間が来るまで暇なので、とりあえず机の上に置いてあるお茶菓子と、ファッション雑誌を読んで待ちます。  そろそろ、社長から宣告されて私の所に来るはずなんだけどなぁ。  ピンポーン、と私が控えていた部屋に音が鳴り響く。  あ、やっとカモが来た。  私はクビになる予定の人間の資料を脇に抱えて、部屋から出ていく。  実はクビになった人間を出迎えるのは応接室ではないんです。  クビになった人の入口と、私の控室につながる扉がを挟んで一個の個室がありまして、真ん中に厚さ十センチの強化アクリル板を挟んで面接することになっております。  他の社員から懺悔部屋とか尋問室なんて言われてるのはこれが原因なんですよね。  アクリル板の向こうから恰幅の良い三十台程の中年男性。整髪された短い髪をオールバックでまとめ、強面の顔に顎に生やした長い髭。  茶色のスーツに身をまとい、ストライプのネクタイを付けた男性。  「胡坐(あぐら)海田(かいた)」さんです。  「いらっしゃいませー、ようこそ死刑宣告科へ」  「何がいらっしゃいませー、だ! 私は営業部係長だぞ!」  「申し訳ありません、クビになった人間にそんな肩書はありませんので名乗るのは勝手ですが、強要しないでください」  この! と胡坐さんは怒り心頭といったご様子。  アクリル板の前に置いてある粗末なスツールの前に乱暴に据わる胡坐さん。きっと、クビを言い渡された直後で焦ってるんですね。焦ったところで、どうしようもないのに。  「はい、胡坐さん今回はどういったご用件で?」  「ここに来たら意味が分かるだろ!」  「すみませんが、直接本人の口から聞けないと先に進めない仕様になっておりますので、しっかりと私に聞こえるようにお願いします」  「ク! ビ! だよ、クビ! 解雇されたんだよ!」  「まぁ、それはおめでとうございます」  「何がめでたいんだ! クビだぞ!」  「はい。あなたの場合、会社による”希望退職”ではなく”解雇”という事なので、それはご自身の生んだ膿が原因であります。この会社にたかるハエが一匹死滅したと考えれば、喜ぶべきことなんですね」  「ハ・・・・・・エ!」  わなわなと肩を震わせてこっちを見る目が血走ってる。  たまらない。こういった肩書を持った人間をマウント取ってフルボッコにできる快感を味わえるのはこの部署の醍醐味よね。  「これは、不当解雇だ! ワシは二十年この会社に仕えてきたんだ! なぜ解雇されなければならない!」  「分かりました。それではあくまでも胡坐さんはこの解雇が不当な解雇だとおっしゃるのですね?」  「当然だ!」  「分かりました。ではこちらでもう一度精査して、この会社にとって必要な人材かどうかの適正を判断させていただきます」  「もし、必要だとわかればどうなる?」  「もちろん、私の権限を用いて職場復帰をさせていただけます。そのような人材を解雇するなど、社長が許しても私が許しませんので」  「・・・・・・え、と。社長に口出しできるの君?」  「はい。それだけの権限を頂いておりますので」  手にした資料をその場でパラパラっとめくる。  当然、そんな精査などとっくの昔にしてるので、フリです。  あたかも精査している様子を見せないと、向こうが納得しませんからね。  無駄な時間に十分かけて、私は胡坐さんに向き直る。  「で、どうだった?」  どこか期待している目。  何を期待しているのかしら? きっと、地獄に落ちることが楽しみでしょうがないんでしょう。    「はい、こちらで十分な精査をさせていただいた結果・・・・・・」  「結果は?」  「議論の余地なく解雇ですね。どうぞ、お帰りください」  「は、はぁ! なんで!  営業の評価は高いはずだぞ!」  「そうですね、営業”だけ”はまだ見れるものがあるのですが、社内に不満を持つ方は色々ありまして、中でも酷いのが・・・・・・セクハラ」  胡坐さんの視線が泳ぐ。明らかに、動揺が見て取れる。  実際本人は上手くやってたつもりだろう。本人だけは。  「あ、もしかしてバレてないと思ってました? ざんね~ん、実はモロバレです。ねぇ、どんな気持ち? 今どんな気持ち?」  タコみたいに顔を真っ赤にして、小刻に震える。眉間に皺を寄せるその姿は、私に対して威嚇しているつもりなのかもしれない。  タコなのにイカ、ク。そんなダサいジョークが浮かんでしまった。  いけない、いけない。  「もういい! 裁判だ! ワシはこの会社に対して訴訟を起こす!」  「あら、それは良いですね」  「何故お前は賛成できるんだ! 会社側の人間だろう!」  「いえいえ、最近そういう気概のある方が少なくて、こちらも暇でして。胡坐さんのような方は久しぶりでして、私も喜んでます」  「ワシは君に恐怖を感じとるよ」  「まぁ、光栄です。その恐怖をどうかとりさって、この会社に対して是非訴訟を起こしてください。なんでしたら、私が訴訟までの手続きして差し上げますが」  「君は本当にこの会社の人間なのかね・・・・・・」  「はい。この仕事を天職としております。あなたのような諦めの悪い人間が私、三度の飯より大好物でして」  あら、胡坐さんの私を見る目が怯えている。なぜかしら? ただ本当の事をおっしゃっただけなのに。  「ですが、本当に訴訟を起こすおつもりであれば、こちらとしても考えがありますので、そこの所ご注意ください」  「な、なんだね? 警告かね」  「けいこく? あはは、いやですね。そんな生易しい事言いませんよ。これは最後通告です」  「さ、さいごつうこく?」  「私としては、胡坐さんにはこれから始まる第二の人生を気持ちよく送っていただきたいのですが、残念ですね。その道が途中から崖になっていることに気づかずうっかり、という事もありますね」  「何をする気だね! ま、まさかころし?」  「冗談がお好きですね。なんでただのOLがそんな事しなければならないんですか?」  「では何をする気だ」  「簡単な事です。胡坐さんの妻子さんにセクハラの事を包み隠さず丁寧にお話をさせていただくだけです。私、口が軽いので、少し、尾ひれがついてしまうかもしれないですね」    うっかり、というのは本当に怖いのよね。少しと思った尾ひれがいつの間にか丸々太った鯛に変貌してしまうのよね。  「きょ、脅迫だ!」  「いえいえ、お願いですよ。私が脅迫だなんて、言いがかりも良いところですね。胡坐さんはどうやら、他の罪も背負っていただくことになりそうですね」    完全に顔を下げてしまう胡坐さん。  時間を見る。五分程度で完全に音を上げてしまったようで、思った以上に早い結末でした。  「悪魔・・・・・・お前は悪魔だ」  「はい、よく言われます~。では、こちらの書類にサインしていただいて、それで金輪際この会社と縁を切ることを約束してください」  アクリル板の下からボールペン一本と書類を一枚胡坐さんに提出。  差し出されたボールペンを手に取り、大粒の涙を流しながら書類にサインをしていく胡坐さん。  「香苗・・・・節子。父さんを許してくれ」  「多分許されないと思いますよ。セクハラで解雇ですし」  「お前のような人間が居れるのに、なぜワシがダメなんだ」  「やっぱり、心が綺麗だからじゃないですかね」  「もう、突っ込む力もない・・・・・・」  がっくりと肩を落として死刑宣告課を去っていく胡坐さん。  サインした書類をファイルに閉じて、私の仕事はお終い。  あー、今日もいい仕事したな。  終わったはずの死刑宣告課に、若手の男性社員が入ってくる。  「理由さん! もう一人クビになったけど、行けそう? 相手すっごい不満もってて、聞いてもらえないんだ」  「え! 良いんですか! もう一人おかわり!」  「え? あ・・・・・・うん、そうだね」  「さっさと持ってきてください。さっきの人、あんまり歯ごたえ無くて退屈だったんですよ」  「毎回思うけど、君、本当にすごいね」  「やだぁ、誉めても何も出ませんよ」  男性社員は一瞬扉から離れた後、目が血走った同じぐらいの若い男性社員を連れてくる。さっきと違って、色々期待が持てそう。  私は深々とお辞儀する。  「いらっしゃいませ! 死刑宣告課へようこそ!」                               
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