メスシリンダーは私のもの【短】

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「どうしよう〜!イヤリング落としちゃったみたい」 キャーッと声を張り上げて騒いでいるのは、菜々子だ。 安さが売りの大衆居酒屋で、私たちは大学のサークルの同期飲み会を行なっていた。 「イヤリング?そんなのまた買えばいいじゃん」 そう言ってサークルのチャラ男代表、西田が菜々子の腰に手を回しているのを、私は見逃さなかった。 「もう、にっしーったら」 もう、と言って西田の肩を叩いているが、菜々子もまんざらでもなさそうな表情だ。 「違うの、あれは永瀬さんにもらった大切なイヤリングなの!」 永瀬さん、というワードが聞こえてきて、私はドキッとした。 永瀬さんは私たちのサークルの1つ上の先輩。 理学部化学科で、白衣が似合う爽やかなルックスで、趣味はサッカーで、菜々子の彼氏で...私の好きな人。 私が彼の白衣姿を見られるのは、同じ化学科だからだ。 文学部の菜々子は、その姿をきっと知らない。 「ほら、このイヤリング。永瀬さんっぽくない?可愛くない?」 ふわふわの茶髪を耳にかけることで、無くしてない方のイヤリングを西田に見せている。 「どれどれ??」 西田も嬉しそうに菜々子に顔を近づけた。 パーソナルスペースをいとも簡単に許してしまう菜々子の耳元では、ガラス風の素材で三角フラスコを象った華奢なイヤリングが揺れている。 化学科の私にとってもドンピシャのデザインで、素直に可愛いと思った。 「こっちはフラスコなんだけど、もう片方はメシ...メシス?」 「メスシリンダー」 「そう、それ!さすが化学科。そのメスシリンダーの方を無くしちゃったの」 「なーこ、酔いすぎ(笑)」 メスシリンダー、という単語が舌足らずの発音になっている菜々子の頭を西田が撫でた。 そんな2人の前の席にいたくなかった私は、そんなに行きたいわけでもなかったけれど、その場を離れてお手洗いへ向かった。 大学生というだけで、お酒を飲むようになるだけで、男女でやたらと絡み出すのはなぜだろう。 アルコールが入ると開放的になって人恋しくなるのは分かるけど、菜々子には彼氏がいるのに。 どうしてあんなに素敵な彼氏がいるのに、他の男の人とイチャイチャできるんだろう。 どうして永瀬さんだけを見ていないんだろう。 私だったら絶対に他の人になびかないのに...。 「...あるじゃん」 お手洗いへ入ってすぐの洗面台の近くに、メスシリンダーイヤリングは落ちていた。 私は拾い上げて、それをまじまじと見つめる。 さて、私はこれをどうしようか。 菜々子に返す? いやいや、きっと今は西田とイチャイチャしているのだろう。 永瀬さんという素敵な彼氏がいるのにも関わらず他の男の人とベタベタしている人に、返す必要はあるのだろうか。 「このイヤリング、この前の飲み会で酔っ払って菜々子が落としたみたいですよ。 彼氏からもらったものを飲み会で落とすなんて、ひどいですよね」 と言って、後日永瀬さんに渡してしまおうか。 でもきっと永瀬さんは、 「そうなの?悪かったな、なーこってお酒弱いでしょ(笑)」 と愛しそうにイヤリングを受け取るのだろうと想像できたので、それもやめておく。 私はそっと、そのメスシリンダーをポケットにしまった。 ごめんね、しばらくは私の元にいて。 だって、落とした菜々子が悪いんだよ。 私はそれを拾っただけ。 落としたものを拾って、それを持っていることは罪にあたるのだろうか。 でも、それでも良いや。 このイヤリングだって、菜々子よりも私の方が似合うよ。
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