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この指を離したくないと思った。
この指きりが、恋人繋ぎに変わればいいのに…。なんてことを思ってしまった。
◇
あの日から、本当に彼と毎回一緒に帰っている。
同じシフトの時以外でも、わざわざ迎えに来てくれて。必ず私が住むアパートまで送ってくれた。
これがどういうことなのか、自分ではよく分からなかった。
周りからは、「二人は付き合ってるの?」なんて茶化された。
そう見えてもおかしくはなかった。シフトが被っている時ならまだしも、被っていない時でさえも送ってくれるのだから。
しかし、周りには確信が持てないので、「違いますよ」としか答えられないのが、もどかしかった。
自分に何度も言い聞かせた。これは深い意味などないと…。
苦しい。早くこの恋が実ればいいのに。そう思わずにはいられなかった。
でも、そんなある日、前進することができた。
それは私と彼の呼び名が変わったことだった。
前までは他人行儀みたいに、名字で互いを呼び合っていた。
それがある日の帰り道。彼の方から提案してきた。
「そろそろ名字で呼び合うのもあれだし、名前で呼び合わない?」
岩城くんの下の名前は愁。ただ愁と呼ぶだけなのに、息が詰まるような感覚がした。
声に出して、名前を呼ぼうとすると、声が震えてしまう。これじゃ、緊張しているのがバレバレだ。
上手く誤魔化すために、一呼吸置いてから彼の名を呼んだ。
「愁…くん」
呼び捨てで呼んでいいのか分からず、“くん”を付けた。彼は笑っていた。
そんなにおかしかっただろうか。私なりに勇気を振り絞ったつもりだが、どうやらそれが彼の笑いのツボに刺さったらしく、ずっと笑っていた。
「はい。なんですか?幸奈ちゃん」
わざと呼ばれたちゃん付けに、私の方も思わず笑ってしまった。
だって、愁には似合わないと思ってしまったから。
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