何も感じていないとでも思っていたの?

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彼女は、損をする人間だと思った。 クラスメイトであることは事実であるけど友達はいないように見えたし、どこか異物のようだと思った。他の誰かが余ったら、その人とペアを組むような。 そして基本的に頼みごとをされても断れない。距離感があるから普通の頼み事はしないけど、係だとか委員会だとか班長だとか、そう言ったものを押し付けるには向いていた。能力が全くないわけでもないので必要最低限の会話だけで、必要なことをこなす。利用するにはもってこいの存在だ。 普段は特に特別な恩恵があるわけでもないのに、そういう時だけ使われるのは損だと思う。しかしまあ、そんなことを思っていながら、分かっていながら利用できるものは利用させてもらう。使わせてもらう。悪いことをしているわけじゃないんだから、何も悪びれることはない。 放課後、人がいなくなった教室。西日が差し込む教室で、そんな彼女を見かけてしまった。オレンジに染まる教室の中で、彼女は普段と大分違って見えた。 艶やかに輝く黒い髪。光はオレンジのはずなのに顔はいつもよりずっと白く見えた。そんな教室で、カーテンの隅の影と彼女が何か話していた。 「落とし物をしたの?」 返事はない。 「じゃあ私が渡してあげるね。」 彼女の唇が、やけに紅く見えた。 「それは悲しみ。それは苦しみ。それは憎しみ。それは恨み。それは妬み。」 彼女が言葉を重ねるたびに影がどろりと、濃くなっていく。それはまるで理由がない影に理由をつけて、煮詰めていくような作業だった。 そんな光景を見た私はしばらく動けなかった。それこそ彼女に話しかけられるまでは。 背景に、夕焼け。逆光になった彼女の顔はよく見えなかったけど、その唇だけは相変わらずやけに紅く見えた。 「見てたの?」 「何をしていたの?」 問いかけられて思わず問いかけで返してしまう。彼女は少し小さく口をぽかんと開けた。しかしその後にんまりと口元を引き上げる。 「皆が無意識に落とした悪い想いに、名前を付けてあげたの。言葉も思いの意味も落としてしまっていたから、私が渡してあげたの。」 「それ……は……。」 はくりと口が動く。名前をつける事は良いことなんだろうか。悪い想いに名前を付けてどうするというのか。 「方向性を定めてあげてるの。」 例えば名前を付けて、方向性を決めたほうが扱いやすいとか、そういうことなんだろうか。例えば彼女はそういうものを倒す存在とか。 「名前を決めて縛らなくても、名前を与えてさらに力を与えても良いと思うの。」 「えっと……。」 それは、どういうことなんだろうか。 「どうして私がこの世界を、あなた達を、恨んでいないと思ったの?」 彼女は見たことが無いくらい艶やかに笑っていた。
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