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ふける
新青森行き、はやぶさ35号。
俺は少しでも費用を浮かせようと、自由席を探したが、最速便には指定席しか設けられていなかった。車両のがらんどうを目にすると、差額の返金を改めて要求したくなる。こんな金曜の夕方に仙台へ向かう者は極めて少数のようだ。
会社を早上がりした時間分だけ、東北新幹線は到着時間を縮めてくれる。わざと隣のシートに溢す勢いでビールのプルタブを引くと、プシュッという発車音が5両目を駆けまわった。
この方面に向かうのは、約1年ぶり。婆ちゃんが紅白の石川さゆりだけは聞き逃すまい、と柄にもなく夜更かししていた時以来だ。
今回は11月に入ったばかりで雪も降っていないだろうが、スリーピース・スーツだけでは防寒として心許無い気もする。
あの時は、両親も一緒だった。久々に母親の実家へと足を踏み入れる父親が、変に空回っていたのを思い出す。ただ今日に限っては、俺は一人で向かっていた。家族は、あとから合流する手筈になっている。
俺はアルコールで喉を潤しつつ、車窓に映るくすんだ自分をぼんやりと眺めた。新入社員の頃に立ち上げていた前髪は、すっかり萎びている。ぎらついた眼もどこか柔和になっていた。長時間視線を交えても、かつての息苦しさを感じない。
「……大人に、なったのかな」
誰かに承諾を求めるように、小声で口に出してみた。外を流れる、家から漏れ出た光のように、俺の声も瞬間的に消えていく。別に他人からしたら、何の興味もない代物だから。
あの時の決意だって、所詮はそんなもん。
だけど、俺の婆ちゃんと爺ちゃんなら優しく掬い取ってくれる。そんな気がしていた。
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