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通算で本日12回目の鐘が鳴る。課せられたものから放たれる時間の訪れを告げてた。
私は今日がいつも通りに終わったことに胸をなで下ろす。しかし同時に気付いてしまう。それはつまり今日もこの身体にまとわりつくものを落とせなかったということだと。
突っ伏した机の上に安堵と諦念が混ざった息を吐き出すしかなかった。
「はい、お前らまだ帰らないぞー。今日交換留学の生徒来てる日だからな。リマさんの案内してくれる人ー」
担任が教卓から募る声が聞こえる。波のようにざわめきが広がっていくのを感じる。目を開けなくても分かる、彼らは決して色めき立っているわけではない。むしろ行く手を阻むこの事案をとても厄介に感じているはずだ。私と同じように。
その証拠にほら、前の席から声がかかる。
「愛ちゃーん!コミュ力お化け、愛嬌ある、優しい、もしかして適任じゃない? 」
『適任じゃない?』じゃない。押し付けられた相応しさは鬱陶しい割に聞こえばかり良かった。
「そうじゃん! 愛英語得意だし。絶対リマさんも安心だよ、愛なら」
右隣りの坂井まで便乗してきてしまった。ちなみに英語の成績が良いのは確かだが、別に英語に限った話ではない。馬鹿だから馬鹿にされないように馬鹿真面目に勉強した結果どの教科も平均的によくできるようになった。ただそれだけで別に英語が話せるわけでもないのだ。
「そんなことないよ。そしたらほら由依ちゃんの方がさ、帰国子女だし発音良いし、リマさん喜ぶんじゃない? 」
みんなでリマさんの心情を推し量り、押し付け合う。どうだっていいはずなのに。
「私無理。アジア系のアクセント何言ってるか分からないし、今日練習試合あるから。」
取り付く島もない。こんなにばっさりと拒否すると性格が悪いだのなんだの言われそうだが、由依にはそんなばかばかしいものはついて回らなかった。自分が自分のことを一番信じているから、月並みだが彼女の強さの理由はそんなところなのだろう。
自分で自分のことを信じられないような私とは違うのだろう。丸腰じゃ怖くて仕方なくて、捨てたいもので身体を覆う腰抜けとは違うのだろう。
「ほらそこ、押し付けるなよ。木村も困ってるだろ。こういうのは進んでやりたい人がやるものだ。やってみたい人いるか? 誰でも大丈夫だぞ」
「愛困ってた?やだごめん私気づかなくて。断りにくかったよね、ごめんね」
教卓からの戒めの声を受けて坂井がまたこちらに身を乗り出してきた。眉尻を落として申し訳なさそうにこちらを見ている。
やめてくれ。反省する素振りで私を追い込むのは。
坂井も知っているのだ。私は私のことが一番可愛い。私は周りから可愛そうな子だと思われるのに耐えられないのだ。可哀想な自分を直視できないのだ。
相手の思う壺だと分かっていながら手を上げる。少しでも“押し付けられて断れない可哀想な子“から逃げるために。少しでも惨めじゃないと思い込むために。
「先生、私ちょっとやってみたいかも」
みんなに、自分に、自主的に選んだのだと思わせるために。自棄くそで絞り出した溌剌さを以て高く手を上げる。
「おっ、木村やってみるか!じゃあこの後多目的室で集合な。よし、じゃあ今日はここまで。日直ー。」
号令の声により制服の群れは放たれる。誰にも邪魔されない、底なしの多幸感と全能感のみが秒針を操る時間がようやく訪れた。
私の放課後はいつ来るのだろうか。自らの中途半端で利用されやすい立ち位置を忌々しく睨みつけながら考えていた。
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