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「お茶もってきたよ」
ペットボトルのウーロン茶の色までが不穏に思える。だけどわたしの不安とは裏腹に、久須木さんはグラスへ注いだウーロン茶を一気に飲み干した。
「なぜかな。最近よくノドが渇くんだ」
グラスをちゃぶ台に勢いよく置いて、久須木さんが言った。
「まだ体調が悪かったりするんじゃないですか?」
「それはないよ。調子はいいさ。なにせ金が入りそうなんだから」
言って、久須木さんがねっとりと口の端を上げた。
「どういう意味ですか?」
「まあ民谷さんならいいか、教えてあげても。きみさ、恵比寿さんって知ってる?」
「えびすさん……七福神のですか?」
「そう。七福神の恵比寿さん」
「はあ。詳しくは知らないですけど」
「おれも詳しくは知らないんだけどさ、もともと恵比寿さんって、蛭子って神様から来てるらしいんだよね。イザナギとイザナミとのあいだに生まれた最初の神様で、不具にうまれたために海へ流されてしまったかわいそうなヤツだ。その由来から漂着神信仰であがめられ、のちに大漁の神としても有名な恵比寿さんになっていったんだそうだ」
「はあ」
久須木さんがなぜ急に恵比寿さんの話をはじめたのか、分からなかった。
「漂着神とか寄神とかいわれるこの神は、けっこうおもしろくて——」
「——あの、いったいなんの話をしているんですか?」
「……いや、ごめんごめん。さいきん恵比寿さんについて調べていて面白かったもんだから、ついつい話が脱線してしまった」
言って、久須木さんはふたたびグラスにお茶を注いで一気に飲み干した。
「この浜にも漂着神信仰があったらしくて、おれの考えではそれは蛭子なのじゃないかと思うんだ」
「ややこしいですね。恵比寿さんじゃなくて蛭子、なんですか?」
「そう。すこし興味が湧いてきたかい?」
「それがどうやって金の話になるのかには、興味があります」
「ふん、面白みのないやつだな、きみは。だから彼氏のひとりもできないんだ」
「わたしは現実主義者なんです。さ、続きをお願いします」
「えっと、どこまで話したっけ? そうそう。この浜にたどり着いたのは蛭子だったんじゃないかってはなしだ。というより、二週間前に見つけたんだよ、浜にたどりついた蛭子を」
「だれがです?」
「おれがだよ」
さっきからずっと、久須木さんの言っていることが分からない。
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