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「信じていないようだね」
「当たり前でしょう」
「まあいいさ。見つけたときの話をしてやる。二週間前、その日は休みだったんだが、ふと言いようのない虚無感が胸に渦巻いたんだよ。『もう三十五歳にもなるというのに定職にもつかずにずっとバイトで、これから先もいいことなんてなにひとつないんじゃないか?』って思っちゃってね。虚無感と言うより絶望感だな」
「しょっぱい話ですね」
「しょっぱい話だよ。それで浜に出て、ボーっと海を眺めながら『神様、せめてちょっとくらいのお金をおれにください』って願ってたんだよ」
当たり前のようにどうしようもないことを言う久須木さんだったけど、わたしも同じような状況だから気持ちは分からなくもない。
「まあ、でもそんなこと思っていても仕方がないし、部屋に戻ろうと思ったときにさ、波打ち際に何かが打ち上げられているのに気がついたんだよ」
「何があったんです?」
「ナマコのような、なんかよくわからんヌメヌメしたナニカが、さ」
「ただのナマコじゃないんですか?」
「いや、ナマコは見たことがあるが、あれはなんていうか……ナマコよりもっと悪魔的な色をしていたんだよ」
「よく分かりませんね」
「なんというか、とても魅入られるような、そんな感じだ」
「説明になってないですけど、それが蛭子だっていうんですか?」
「そうだ。それに思わず触れてしまったんだが——」
「——ちょっと待ってください。触ったんですか、それに?」
「そうだ」
「げえっ!」
軟体動物にほとんど恐怖のような嫌悪感を抱いているわたしは、思わず声を漏らした。
「そんな驚くところじゃないだろ。ナマコみたいなもんなんだから」
「でもナマコじゃないんですよね?」
「ナマコではないよ。さっきからそう言ってるだろ。とにかくそれに触れたときに、なにか電気のようなものが体中にはしって意識が飛んだんだ」
「やばいですよ、それ。ぜったい毒でしょ」
「毒じゃないよ。ほら、おれいま元気だろ?」
自信満々に言う久須木さんの顔が、さっきより悪くなっている気がする。
「それで、意識がもどったら、なぜか部屋に戻ってたんだよ」
「記憶はないんですか?」
「ない。だが神の啓示を聞いたんだよ、目を覚ましたときに」
「ほんとに?」
「うん。『汝を不幸から解放しよう』って聞こえた」
いよいよヤバイな、とわたしは思った。久須木さん、マジで毒が回ってるのかも。
「それがどうやってお金につながるんですか?」
「これだよ」
久須木さんが、物干しハンガーにかけられた団扇のようなものを指さした。
「……よく分かりません。なんですか?」
「ウロコだ」
「ウロコ? 魚の?」
「ウロコだ。おれの」
「は?」
「神の啓示を聞いてから、おれはウロコが生えてくる体になったんだ」
「……本気で言ってます?」
「信用していないようだな。よし、見せてやる」
言って、久須木さんがTシャツをまくり上げてわたしに背中を向けた。そこには、玉虫色のウロコが生えていた。
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