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「ウソでしょ……?」
「そこにぶら下っているのは、ぜんぶおれのウロコだ」
さっきまでなら、そんな話は荒唐無稽すぎて信じられなかったけど、いまはちがう。たしかに久須木さんの背中にはウロコが生えていて、それは物干しハンガーにぶら下がるものたちとおなじ、悪魔的な玉虫色をしていた。
「信じられませんが、ほんとうにウロコが生えてるんですね。でも、なんでこれがお金になるんですか?」
向き直った久須木さんが不気味な笑みを浮かべ、
「これをフリマアプリで売るんだよ」
と、また意味の分からないことを言った。
「いやあ……売れるわけないでしょう」
「と、思いきや、だ。もうすでに二枚も売れてるんだ。価格設定は五万にしたっていうのに」
「マジすか」
「マジだ」
「なんで買うんですかね?」
「さあな。大方、オシャレインテリアにでもするんだろう」
「久須木さんのウロコを?」
「おれのウロコを」
わたしはフリマアプリを利用したことがないからよく分からないけど、「なんでこんなものが売られてるんだ?」ってのがけっこうあるらしくて、しかもそれらは意外と売れるらしいと聞いたことがある。とはいっても、久須木さんのウロコをオシャレインテリアにしたいなんて、わたしは思わないけど。
「痛たたた」
突然、久須木さんがうめき声をあげた。
「大丈夫ですか?」
「たたた……すまんが、ゴミ拾いトングを取ってくれ」
言われるがままにテレビ台の下のゴミ拾いトングを手渡すと、久須木さんはそれで背中のウロコを挟んで一気に引き抜いた。
一瞬、血飛沫が上がるような気がして目をそむけたけど、ウロコを引き抜いた箇所はすぐ元通り人間の皮膚になった。
「驚いただろう? 傷が残ることもないんだよ」
久須木さんの変容に、もはや驚きを通り越して恐怖すら感じた。
「とにかく、おれはウロコを売ってお金を稼ぐことにしたんだ。君には悪いが、おれはコンビニバイトを辞める。店長にもそう伝えてくれ」
「……わかりました」
「頼んだよ」
うなずいた久須木さんが二の腕をかくと、そこからなにかがポトリと床へ落ちた。まじまじと見ると、それは小さなウロコだった。
「久須木さん、それ……?」
「ほう。小さいウロコまで生えてきたか。商品が増えたな」
久須木さんが呑気に笑う。その二の腕には、数枚のウロコが生えていた。
「大丈夫なんですか? そのまま魚になっちゃったりしないんですか?」
「そんなわけないだろ。これからやっと幸せになれるっていうのに。いやあ、お願いしてみるもんだね、神様に」
どこまでも呑気な人だな、と思った。その呑気さのせいで、久須木さんの人生は二進も三進も行かなくなってるんじゃないだろうか。
「とにかく、なんかヤバそうだったら言ってください」
「そうだな。金が入ったらおごってあげるよ」
「……じゃあ、わたしはもう帰ります」
「ああ」
久須木さんの部屋を出たわたしは、言いようのない不安感を振り払うように薄曇りの空を見上げた。
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