憧れの裏側

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 翔平と別れた後、蛍たちは慧の運転する車で鎌田ゆりのもとへ向かう。  蛍は車窓を眺めながら、グッと気持ちを引き締める。これからインフェクトと対峙するかもしれないのだ。  これまで数回目の当たりにしてきたが、ずっと慣れないだろうと思う。インフェクトを目にした瞬間、凍ってしまいそうなほどの悪寒が走り、身体が動かなくなる。人間の悪意というものが直接身体に流れ込んでくるような感覚。寒さと恐怖でガチガチになってしまうのだ。 「あ……」  ふと気付くと、オウルは蛍の左肩から膝の上に移動していた。蛍の膝の上でリラックスするようにお腹をペタンとくっつけている。 「オウル」 「……」  オウルは何も言わず蛍を見つめている。その大きな瞳に吸い込まれそうだ。オウルがきゅっと目を瞑り、パチリと開けた。そしてまたじっと見つめてくる。  その様子があまりに可愛らしくて、蛍の表情が知らず知らずのうちに緩む。蛍はオウルの頭をそっと撫でる。すると、オウルは満足そうに目を閉じた。何とも気持ちよさげである。 「蛍ちゃん、甘やかしすぎ」 「可愛さに負けました」 「それなら、ずっと負けっぱなしじゃん」 「はい」  クスッと笑って横を見ると、慧も笑っている。慧も蛍の緊張には気付いているはずだ。だからこんな風に軽口を叩く。いつもならもっと強く言ってオウルと喧嘩を始めるのにそうしない。今は蛍のリラックスの方が大事だと優先しているのだ。 「オウルのこの体勢、アヒル寝っていうんですよね」  笑いながらそう言うと、オウルはパチリと目を開けて蛍を見た。 「アヒルではありません」 「そうなんですけど。オウルのこの姿がアヒルにそっくりだから、そう呼ばれてるみたいですよ」 「そうなのですか?」 「フクちゃん、アヒルの方が可愛いかもー」 「蛍はアヒルの方がいいですか?」  真剣な目で尋ねてくるオウルが可愛くて仕方がない。蛍はオウルの頭をサワサワと撫でながら、首を横に振る。 「オウルはオウルのままが一番です」 「よかったです!」  オウルは頭をすり寄せてくる。いつもなら蛍の頬にだが、今は膝の上なのでお腹にすりすりしている。  それをチラリと横目で見ると、慧が腕を伸ばしてオウルを蛍から引き剥がそうとした。しかしオウルは寸前でそれを避け、カプリと慧の手に噛みつく。 「いってーーーーっ!」 「オウル!」 「慧が悪いのです!」  蛍は焦って慧の方を見るが、慧は痛みに眉を顰めながらも普通に運転を続けている。噛みつかれたというのに揺れもしないとはたいしたものだ。 「慧さん、痛みに免疫がついてきました?」 「つきたくないよ、こんなのっ! フクちゃんと二人なら危なかったけど、蛍ちゃんを乗せてるからうっかり事故れないでしょ!」  涙目の慧にプッと噴き出してしまう。  慧の運転は相変わらず快適だ。スタートもストップも滑らかでほとんど揺れない。乗っている車は軽自動車で、普通ならそれなりに揺れるだろうに。  ちなみに、慧は車を二台所有している。一台は調査など仕事で利用することが多いミライースと、もう一台はプライベート用のレクサスだ。仕事で小型の車を使うのは、狭い道でも難なく通れるからだ。小回りがきいた方が何かと都合がいい。だから今も、ミライースの方に乗っている。 「私がいなくても、うっかり事故なんてダメですよ。安全運転でお願いします!」 「了解」  慧が嬉しそうな顔になる。そんな慧を見てオウルが「慧、鼻の下が伸びています」と言ったが、慧は余裕の表情でそれをスルーした。なかなか珍しいことである。  慧はそのまま上機嫌で運転を続け、やがて目的地に到着する。最寄りのパーキングに車を停め、蛍たちはそこから鎌田ゆりが住むマンションを見上げた。
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