憧れの裏側

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「立派なマンションですね」 「そうだね」  見るからに高級そうなマンションだ。ゆりはごくごく一般的な家庭の育ちだし、まだ若い。それほど蓄えがあったとは思えないし、インフルエンサーといえど、こんなマンションに住めるほどの収入はないはずだ。 「家賃が滞りがちとはいえ、払っているのはすごいと思います」 「……どうやってそのお金を捻出しているのやら」  慧の言葉に胸が痛くなる。慧の言うとおり、真っ当な仕事で得たものではないと容易に想像がつくからだ。  家賃も借金で賄っているのだろうか。それとも、自分の容姿を存分に活かし……そこから先はあまり考えたくはない。 「ゆりです!」  オウルの声に反応し、蛍と慧はマンションから道路へと視線を移した。  ちょうどどこかから戻ってきたのか、ゆりがこちらへ向かって歩いてくるのが見える。隙のないメイクに服装、一般人にはとても見えない。スラリと長い脚が惜しみなく露出されており、目のやり場に困ってしまうほどだった。  蛍が顔を俯けると、カツカツというヒールの音が大きくなった。どうしたのかと思って顔を上げると、ゆりがすぐ近くまできていて思わず後退る。 「こんなところでどうしたんですか?」  ゆりがニッコリと笑いながら声をかけてくる。どう答えればいいのか蛍がオロオロしていると、慧は難なく答えた。 「友人がこのマンションに住んでいまして。待ち合わせをしてるんですが、少し早く着いてしまったんです」 「そうなんですね。まだここで待たれるんですか?」 「いえ、不審者に間違われても困るので、場所を移動しようかと思っていたんです」  ふわりと表情を和らげる慧に、ゆりは頬を染める。無理もない、非の打ち所がない慧の美貌に平気でいられる者などいないだろう。  蛍はといえば、立っていることだけで精一杯だった。自分がどんな顔をしているのかもわからない。恐怖で歪んでいないことだけを祈る。もし蛍の異変に気付かれたら、ゆりがどう動くか予測できないからだ。  オウルも全身を緊張させ、ゆりをじっと見つめていた。警戒はしているが、その気配は殺しているようだ。ゆりがインフェクトならオウルが見えるはずなのだが、ゆりはまだこちらに気付いていない。ゆりの視線は慧にだけ注がれていた。  彼女は、慧がマスター、自分の敵であるとは認識していないのだろうか。 「それじゃ、お友だちとの待ち合わせ時間まで家へ来ませんか?」 「……初対面の男を簡単に部屋にあげるのは感心しませんね」 「あのっ……こんなこと他の人には言いません。初めて会ったのに、どこかで会ったことがあったような気がして……もっとお話したいなって」  バラ色に頬を染め、はにかみながらそう言うゆりは可愛らしく、普通の状態なら同性の蛍でさえ見惚れてしまいそうだ。ただ、今は普通の状態ではない。蛍の全身には悪寒が駆け巡り、身体が震えないように必死に堪えているのだ。   どうするのかと慧を見上げると、慧は失望したような表情で目を細めた。 「センスの欠片もない誘い文句だ。……残念ながら、君と話すことなどない」 「なんですって……?」  ゆりは信じられないといった顔をしている。これまでこんな風に男に突き放されたことなどないのだろう。  慧は蛍の肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。いつの間にかオウルは姿を消していた。蛍の身体は最高潮に緊張し、慧が着ているジャケットの裾をぎゅっと掴む。  おそらくこれから始まるのだ──そう予感した。
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