憧れの裏側

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「かわいそうに、彼女が震えている」 「……彼女? その人が?」 「そうだよ」 「はっきり言って申し訳ないけど、あなたには似合わないんじゃない?」 「何故?」  慧の視線がギラリと鋭くなる。蛍には向けられていないというのに、ゾクッと恐ろしくなった。ゆりも表情を歪ませ、一歩後ろへ下がる。 「だ、だって、そんな普通の子……どこにでもいるような、地味で平凡な……」 「じゃあ君は?」  口調は穏やかだというのに、声は氷のように冷たかった。身体がビクッと大きく震え、蛍は強く目を瞑る。 「あぁ、ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだ」  一転して優しい声がし、蛍は恐る恐る目を開けた。すると、慧が穏やかな笑みを湛え蛍を見つめている。それを見て、蛍の身体からスッと緊張が解けた。  その瞬間、目の前からドス黒い妖気のようなものが立ち昇り、ゆりの異様な雰囲気に蛍の唇がカタカタと震え出す。いきなり冷凍庫に放り込まれたような寒気を覚えた。慧は咄嗟に蛍を後ろに庇い、結界を張る。 「蛍ちゃん、走れる?」  小声で聞かれ、蛍はかろうじて小さく頷く。  こんな道路で戦いを始めるわけにはいかない。おそらくどこかへ移動するのだろう。足手まといにならないようにしなければ。  蛍は拳を握り、気合を入れた。 「合図するから、僕から離れないで」 「はいっ」  慧はチラッと蛍を見遣ると、一瞬だけ優しく微笑む。だが、すぐに厳しくなるその表情から、慧の緊張が伝わってきた。 「オウル!」  慧が叫ぶと、オウルがゆりに攻撃を仕掛ける。 「きゃああっ!!」  ゆりはオウルの登場に驚き、逃げ惑う。オウルは攻撃を仕掛けているが、まだ瘴気を食らうところまではいっていない。  ゆりがオウルに気を取られている隙を見て、慧が蛍に合図を出した。 「蛍ちゃん!」 「はい!」  慧はクルリと方向を変え、蛍の手を取って走り出す。蛍は慧のスピードについて行くので精一杯だ。そして、これほどの全力疾走はいつぶりだろうか。  足がもつれそうになりながらも何とか慧について行く。蛍からすると、ものすごい距離を走った気がしたのだが、ふと気付くと先ほど車を停めたパーキングにいた。移動距離は数十メートルだ。  このパーキングは広い上、現在停車している車は慧のものを含めて三台ほど。住宅からも少し離れているので人目にもつきにくい。戦うには好都合の場所だった。慧はおそらくそういったことも考慮の上、ここに車を停めたのだろう。 「大丈夫?」 「は……はいぃ……」  ぜーぜーと肩で息をしながら蛍が答えると、再び慧の表情に緊張が走る。見ると、ゆりがこちらに駆けてくる。どうやらオウルがそう仕向けているようだ。 「ここで……始めるんですね」 「うん」  慧は自分と蛍の周りに大きな結界を張る。蛍は慧の腕をクイと引っ張り、慧の顔を見上げた。 「蛍ちゃん?」 「絶対に無理はしないでください。少しでもキツイと思ったら、私を頼ってください」 「大丈夫だよ、そんな……」 「私は慧さんのヒーラーです!」  蛍の強い言葉に、慧の肩がビクリと反応する。蛍は縋るような視線を向け、訴えた。 「前みたいに……あんなギリギリじゃなくて、少しでもキツイと思ったらすぐ! 慧さんが頼ってくれないなら、私が勝手に力を行使します!」 「……」 「フルパワーですよ? 力の加減なんて無視です、無視!」 「それはダメだ!」 「だったら……すぐに頼ってください」  慧は弱ったように笑う。 「これじゃ、脅迫だ」 「そう取ってもらっていいです」 「参ったな」  慧は観念したように笑い、小さく頷いた。 「わかった。キツイと思ったらすぐに頼らせてもらうよ。でも、それ以外で自分の力を使おうとしないで。絶対にだ。約束できる?」 「はい!」  蛍と慧は顔を見合わせ、ニッと笑う。その時、ゆりがちょうど二人の目の前にやって来た。身体に瘴気を纏わせている。その禍々しい姿は、もはや鎌田ゆりのものではなくなっていた。
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