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「そんな平凡な女、お前には相応しくない!!」
慧は大きく眉を顰める。インフェクトと化した人間がここまではっきりと言葉を発するのは珍しい。大抵は唸り声をあげる程度なのだが。
姿も声もゆりのものではない。にもかかわらず、言っている内容はゆりの意思を反映している。不気味なものを感じた。
「そんなことはありませんっ!!」
オウルが猛然とインフェクトに襲い掛かる。瘴気を食らうオウルに抵抗しながらも、インフェクトは蛍に向かって言い放った。
「離れろ!」
「……っ」
インフェクトに直接言葉をぶつけられるのは初めてだ。怒りと憎しみを直接ぶつけられている気がする。こうして結界で守られていなければ、立ってもいられない。
「蛍ちゃん、まともに聞いちゃダメだ」
「……はい」
蛍にかける声音は優しいが、その表情は厳しい。どこか苛立った風で、空気がささくれ立っている。
慧は早々にかたをつけようと、その力を増した。オウルは更にスピードを上げ、インフェクトの瘴気を食らい尽くしていく。
「グワアアアアアッ!!」
苦しげに顔を歪め、インフェクトがのたうち回る。そうしながらも、視線は蛍に向けるのだ。
「離れろ、離れろ、離れろっ!!」
「ど……して……」
どうしてそこまで蛍と慧を離そうとするのか。面識などなく、今日初めて顔を合わせたというのに。
一方的に責められることに、蛍は段々と腹が立ってきた。
「どうしてあなたにそこまで言われなきゃいけないのっ!?」
「蛍ちゃん?」
慧が目を剥いている。オウルもほんの一瞬その動きを止めた。
インフェクトは唸り声をあげながら、蛍を指差す。
「その男は私が貰う! 私とその男は誰もが羨むカップルになる。彼と私の写真を公開すれば、フォロワーは益々増え、羨み、私を崇める!」
「……」
蛍は目が点になってしまった。おそらく慧もだろう。
どうやらゆりは、慧を彼氏にしてSNSで自慢したかったようだ。その気持ちはわからないでもないが、自分の虚栄心を満足させるためだけにそれはどうなのだろうか。相手の気持ちは丸無視だ。
「僕にも選ぶ権利があるけど」
「お前は私と釣り合う。お前ほどの男でないと、私とは釣り合わない!」
ものすごい自信だ。慧は呆れたように、吐息を一つ落とす。
「傲慢だね」
「少なくとも、その女より私の方がずっとお前に相応しい」
「それはお前が決めることじゃない」
慧がギラリと睨みつけると、インフェクトは一瞬怯んだように後退った。
「そうやってどれだけの人間を傷つけてきた? 踏みつけてきた? 挙句に応援してくれているフォロワーを手にかけるなんざ堕ちたもんだな。あぁ、もう堕ちてるもんな。お前は人じゃない。……インフェクトだ」
「ガアアアアアアッ!!!」
慧の挑発に乗り、インフェクトが結界を破壊しようと、力いっぱい体当たりしてきた。
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