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「蛍!」
「オウル! お疲れ様でした。すごく……すごく頑張りましたね。とても綺麗で、思わず見惚れちゃいました!」
「蛍!!」
オウルがぐりぐりと頭を押し付けてくる。蛍は笑いながら頬ずりをして、それに応える。
慧は結界を解き、歩き出した。蛍はそれに気付き、慌てて慧の後を追う。
亘輝は無事だろうか。
亘輝の側まで辿り着き、慧が膝をつく。様子を見ながら、注意深く鼓動や呼吸を確かめる。蛍は固唾を呑んでそれを見守った。
「……よかった。問題ない」
慧の言葉に、蛍は一気に安堵し、身体の力が抜けていく。
よかった、本当によかった。
蛍は亘輝の身体をゆっくりと起こし、ぎゅっと抱きしめた。
「亘輝君、よかった……」
亘輝はただ眠っていた。その表情はどこまでも安らかだ。子どもらしい無邪気な顔で眠っている。
「亘輝君、寝てるだけですよね? 目覚めますよね?」
確認するように蛍が尋ねると、慧は優しい表情で「うん」と頷く。オウルも蛍の左肩で「大丈夫です」と重ねる。
蛍はもう一度亘輝を抱きしめ、その後亘輝を慧に託す。知佳に連絡を入れるためだ。
『もしもし、蛍!』
コールするなり速攻で知佳が電話に出る。
蛍は亘輝を見つけたこと、今はぐっすり眠っていることを話した。
知佳はそれをそのまま亘輝の両親に伝える。その途端、泣き声が聞こえてきた。
『ありがとう、蛍』
「ううん、本当によかった」
知佳の声まで震えているものだから、蛍もつい泣いてしまいそうになる。
『蛍、亘輝は一体どうしちゃったの……?』
ほんの一瞬詰まるが、蛍は落ち着いた口調で説明した。聞かれることは想定済み、電話をかける前に答えは予習してあった。
「クラスメートからの揶揄いが、強いストレスになっていたんだと思う。情緒不安定が重なって、爆発しちゃったんだと思うよ。でも、思い切り発散したことでもう大丈夫。今日暴れたことは、もしかしたら亘輝君は覚えていないかもしれないから、家が荒れていることについては適当に誤魔化してあげて。自分がやったってわかったら、亘輝君の性格上気にしちゃうと思うし」
『うん、うん、わかった』
「でもね、また同じことが繰り返される可能性もあるから、亘輝君を皆で支えてあげて。今ならさ、知佳が言ってた苗字の話、亘輝君は素直に聞いてくれると思う」
そう言うと、知佳は嗚咽を漏らした。そして何度もわかったを繰り返す。
知佳は、亘輝の気持ちが痛いほどわかるのだろう。亘輝はかつての自分、もしかしたら、知佳だってこうなってしまう可能性もあったのだ。
他人が聞けば「なんだそのくらい」と思うようなこと。しかし当人たちにとっては、「そのくらい」などでは済まされないこと。世の中にはそのようなことがいくつもある。
人を一切傷つけずに生きていくことは難しい。だが、ちょっとした配慮でその数を少なくすることは可能なのだ。
人を傷つけたくない。人に優しくありたい。
蛍は切に願う。
「それじゃ、帰ろうか」
電話が終わったのを見計らい、慧が亘輝を抱き上げて蛍に声をかける。蛍は慧を振り返り、笑顔を向ける。
「家に帰ったら、美味しいコーヒーを淹れますね」
そう言ってちょんと頬をつつくオウルにも笑みを返し、蛍は慧と並んで歩き出した。
小学校の校舎が静かに佇んでいる。しばらくはまだ、ここは亘輝にとって辛い場所だろう。だが、乗り越えた後は、きっと楽しい場所に変わるはずだ。早くそうなればいい。
校門を出たところに停めてあった車に乗り込む前、蛍はもう一度校舎を見上げる。
「ここが早く、亘輝君にとって楽しい場所になりますように」
小さく呟き、蛍は眠っている亘輝とともに後部座席に乗り込んだ。
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