光の道標

26/27
507人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
「蛍!」 「オウル! お疲れ様でした。すごく……すごく頑張りましたね。とても綺麗で、思わず見惚れちゃいました!」 「蛍!!」  オウルがぐりぐりと頭を押し付けてくる。蛍は笑いながら頬ずりをして、それに応える。  慧は結界を解き、歩き出した。蛍はそれに気付き、慌てて慧の後を追う。  亘輝は無事だろうか。  亘輝の側まで辿り着き、慧が膝をつく。様子を見ながら、注意深く鼓動や呼吸を確かめる。蛍は固唾を呑んでそれを見守った。 「……よかった。問題ない」  慧の言葉に、蛍は一気に安堵し、身体の力が抜けていく。  よかった、本当によかった。  蛍は亘輝の身体をゆっくりと起こし、ぎゅっと抱きしめた。 「亘輝君、よかった……」  亘輝はただ眠っていた。その表情はどこまでも安らかだ。子どもらしい無邪気な顔で眠っている。 「亘輝君、寝てるだけですよね? 目覚めますよね?」  確認するように蛍が尋ねると、慧は優しい表情で「うん」と頷く。オウルも蛍の左肩で「大丈夫です」と重ねる。  蛍はもう一度亘輝を抱きしめ、その後亘輝を慧に託す。知佳に連絡を入れるためだ。 『もしもし、蛍!』  コールするなり速攻で知佳が電話に出る。  蛍は亘輝を見つけたこと、今はぐっすり眠っていることを話した。  知佳はそれをそのまま亘輝の両親に伝える。その途端、泣き声が聞こえてきた。 『ありがとう、蛍』 「ううん、本当によかった」  知佳の声まで震えているものだから、蛍もつい泣いてしまいそうになる。 『蛍、亘輝は一体どうしちゃったの……?』  ほんの一瞬詰まるが、蛍は落ち着いた口調で説明した。聞かれることは想定済み、電話をかける前に答えは予習してあった。 「クラスメートからの揶揄いが、強いストレスになっていたんだと思う。情緒不安定が重なって、爆発しちゃったんだと思うよ。でも、思い切り発散したことでもう大丈夫。今日暴れたことは、もしかしたら亘輝君は覚えていないかもしれないから、家が荒れていることについては適当に誤魔化してあげて。自分がやったってわかったら、亘輝君の性格上気にしちゃうと思うし」 『うん、うん、わかった』 「でもね、また同じことが繰り返される可能性もあるから、亘輝君を皆で支えてあげて。今ならさ、知佳が言ってた苗字の話、亘輝君は素直に聞いてくれると思う」  そう言うと、知佳は嗚咽を漏らした。そして何度もわかったを繰り返す。  知佳は、亘輝の気持ちが痛いほどわかるのだろう。亘輝はかつての自分、もしかしたら、知佳だってこうなってしまう可能性もあったのだ。  他人が聞けば「なんだそのくらい」と思うようなこと。しかし当人たちにとっては、「そのくらい」などでは済まされないこと。世の中にはそのようなことがいくつもある。  人を一切傷つけずに生きていくことは難しい。だが、ちょっとした配慮でその数を少なくすることは可能なのだ。  人を傷つけたくない。人に優しくありたい。  蛍は切に願う。 「それじゃ、帰ろうか」  電話が終わったのを見計らい、慧が亘輝を抱き上げて蛍に声をかける。蛍は慧を振り返り、笑顔を向ける。 「家に帰ったら、美味しいコーヒーを淹れますね」  そう言ってちょんと頬をつつくオウルにも笑みを返し、蛍は慧と並んで歩き出した。  小学校の校舎が静かに佇んでいる。しばらくはまだ、ここは亘輝にとって辛い場所だろう。だが、乗り越えた後は、きっと楽しい場所に変わるはずだ。早くそうなればいい。  校門を出たところに停めてあった車に乗り込む前、蛍はもう一度校舎を見上げる。 「ここが早く、亘輝君にとって楽しい場所になりますように」  小さく呟き、蛍は眠っている亘輝とともに後部座席に乗り込んだ。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!